THINK PIECE > 渋谷慶一郎×野村訓市
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2007年2月14日、人間の聴覚に対するまったく新しいアプローチを試みる音楽がリリースされた。『ATAK010 filmachine phonics』というその作品は、音楽の歴史を塗り替えてしまうかもしれない可能性を秘めている。ヘッドフォンで聴くことを前提としたそのサウンドには、現在の音楽に対する認識を根底から覆すようなテクノロジーと世界観が広がっている。だが、それゆえ、“取っ付きにくい”部分も含んだこの作品を、作者である渋谷慶一郎本人と彼の友人であるtripster 野村訓市が解析。   渋谷慶一郎 Keiichiro Shibuya 音楽家。1973年生まれ。東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。

2002年、ATAK設立。音楽レーベルとして国内外の先鋭的な電子音響作品をCDリリースするだけではなく、デザイン、ネットワークテクノロジー、映像など多様なクリエーターを擁し、精力的な活動を展開。
2004年にリリースした初のソロアルバム「ATAK000 keiichiro shibuya」は音色とリズムにフォーカスした徹底的に緻密な構成と豊穣なサウンドにより「電子音楽の歴史のすべてを統べる完璧な作品」と評され評価を決定的なものとした。2006年には東京大学、2007年には東京芸術大学の非常勤講師を勤める。

http://atak.jp

 
 
「ドラッグのように摂取する音楽」
 
───今回リリースしたアルバムには斬新な試みがあると聞いたのですが、どのようなことを行っているのですか?
 
渋谷慶一郎 (以下:S)
  簡単に言うと、今までの音楽が二次元だとすれば、僕が作ったのは三次元の音楽。例えば、今までは音が右から左に流れていくという表現だったけど、これは音を縦に動かすことが可能になったというか。ジャーってこぼしたコップの水がまたコップに戻っていくみたいなことを表現できる。それって実は今までの音楽とは本質的に違っていて、横の広がりを使って複雑に作られた音楽でも、縦にしてみたらすごくシンプルに聴こえたりする。根本的に次元が1つ違うから、作り方もかなり変わってくるんですよ。
 
 
野村訓市 (以下:N)

渋谷の作る音楽って単にメロディーを聴かせるものじゃないから、ノイズミュージックに分類されたりしない?
 
S: それはあるね。でも、逆に言えば、世の中全体のすべての音の中で考えたら、ドレミの音楽なんて本当は1%以下なわけ。みんな、そのごくわずかな部分を音楽って呼んでいるけれど、僕はそのドレミ以外の音を使って、かなりナチュラルに音楽を作っているという意識。だからノイズミュージックを作ってるっていう気持ちはまったくないんだけどね。
 
N: 今流通してる音楽って、どういうシチュエーションで聴くべきなのか想像しやすいものが多いと思うのね。例えばドライブ中に聴く音楽とか、踊るための音楽とか、そういう意味で言うと自分の音楽ってどういうものだと思う?
 
S: 僕はドラッグみたいに“摂取”する音楽っていうのがあってもいいと思っていて、多分これはそう。何かをやりながら聴くというよりは、ヘッドフォンじゃないと聴けないから、部屋で聴いて、トリップしてくださいって感じかな。例えば、本を読んだあと2週間くらい、そのことだけで頭がいっぱいになっちゃうものってあるじゃない? 僕はそういうものを作りたいんだ。1週間とか1ヶ月とか、とにかくすごくハマってそればかり聴いてしまう。その後は棚にしまって、ときどき引っ張り出して聴くとかでもいいからさ。
 
 
「フォーマットから外れた音楽」
 
───例えばポップミュージックなら、Aメロ、Bメロがあって次にサビがくるみたいに、イントロを聴いただけで、その曲が何となく想像できてしまう、少なくともジャンル分けはできるような、いわば安心感の中で僕たちは音楽を聴いている。そしてそのフォーマットに乗った音楽をポップスと呼んでいて、もちろん素晴らしいものもたくさんあるけれど、ビジネスの観点で言えば、マス向けの消費物としての音楽でしょう、やはり。その点、渋谷さんの作品はその意味ではいわゆるポップスではないし、一般に難解と捉えれても仕方がない部分がある。
 
N: ポップミュージックはポップミュージックで一種の職人芸だと思う。だいたい決まったリズムで、決まった長さで、聴いたことのあるメロディーだけど、どこか違うみたいな。渋谷がやっている音楽は、それらと全然ベクトルが違っていて、フォーマットをなぞろうとしているわけじゃない。
 
S: フォーマットにはまっていなければ音楽じゃない、みたいなところが世の中にあるよね。アートやファッションなんかは「フォーマットからはみ出ているけど格好いい」って人が飛びついたりするけど、音楽の場合、職人芸でコツコツ熟練させたものが好まれる。その差は何だろうって思うけどね。
 
N: 多分目に見えないからじゃない? 目に見えれば誰でも判断しやすいし、わかりやすい。変わってるけど気に入ってるんだって、フォーマットから外れた音楽を突然聴かされても、どうしていいかわからない。だって知らないから…みたいなリアクションになっちゃう。
 
S: 多分それは目に見えないということだけじゃなくて、音楽の作り手側にも問題があると思うんだよね。どんな分野でもいいんだけど、理屈抜きで新しいと感じるものってあるでしょ? 音楽って、そういう“フォーマットの更新”みたいなことが今まで極端に少なかった気がする。新しいものを受け入れてきた経験が少ないから、わからないって拒絶しちゃう。
 
 

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