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THINK PIECE

TATZU NISHI

フクヘン。が読み解くアート界の異端児「西野逹」

11 5/10 UP

photo:courtesy ARATANIURANO text:Yoshio Suzuki

《Engel (Angel)》2002 Basel, Switzerland
photo:Serge Hasenböhler

西野達の作品と名前を知ったのは、2005年のヨコハマトリエンナーレのプレスリリースを見ていたときだったと思います。バーゼルの教会の尖塔にある天使がシンプルな部屋のローテーブルの真ん中に置かれていました。ここまで読んできた読者ならもうお分かりだと思いますが、置いてあるのではなくて、部屋で包んでしまって、そこにあるのです。これは衝撃的でした。(「Engel」2002年 バーゼル、スイス)

横浜トリエンナーレ2005では、中華街にある東屋〈會芳亭(かいほうてい)〉を囲って、ホテル〈ヴィラ會芳亭〉を作ってたちまち人気作品にしてしまいました。メゾンエルメス屋上のプロジェクトは2006年。これはホテルではありません。普段は数寄屋橋の交差点から上を見上げるとやっと見られるこの騎士が屋内作品として見られるのだな、それはいいなと思ったら、西野氏の思惑はさらに上を行っていて、そのインテリアを女子高校生の部屋として仕上げてしまっていた。いつか白馬に乗った王子様が現れるという設定なのでしょう。銀座の街中のビルの屋上に小屋を設置させるなんて、苦労も費用も、安全への配慮のための配慮も並大抵ではなかったことと思います。

《Engel (Angel)》2002 Basel, Switzerland
photo:Serge Hasenböhler

レンゾ・ピアノの設計により、銀座のランドマークビルのひとつになっているあのガラスブロックの建物〈メゾンエルメス銀座〉をエレベーターで上り、階段と、このプロジェクトのための仮設の階段(工事用)をあがりたどりつきます。女子高生の部屋にありがちなちょっとチープなインテリアは屈指のハイブランド〈エルメス〉の牙城にいることを忘れさせてくれます。そこの住人が読んでいる(という設定の)ティーンエイジャー向けファッション雑誌が置かれていて、そこにはたぶん〈エルメス〉の商品など掲載されていません。

立体モニュメントを取り込む作品以外のシリーズもあって、美術館に飾られている絵のまわりに空間を作ってしまい、その空間が絵を「食って」しまうという奇妙で笑える発想の作品もあります。愛知県美術館所蔵のピカソ「青い肩かけの女」。1902年、青の時代の作品。この美術館を代表する作品のひとつで、これを見るために訪れる人もいます。西野氏はこの絵をニッポンのチープなキッチンに掛けてしまいました。

 

《Chéri in the sky》2006 Exhibition at Maison Hermès 8F
Le Forum Tokyo, Japan left: ©Michel Denancé, Courtesy of Hermès Japon
right: ©Nacása & Partners Inc., Courtesy of Hermès Japon

というふうに見えるのですが、実際はピカソ作品をまったく動かさず、絵の前に部屋を作ってその中をキッチン風に仕立ててしまっているのは、ご明察のとおり。ひととおり、家電製品はそろっているものの、ちょっと新品ぽくないし、目に入る食料はほとんどインスタント食品です。誰がこんなキッチンを見たいのでしょう(笑)。ピカソの名作を独占できるのなら、これを個人で持っている富裕な人の部屋でも作りそうなのものなのに、なぜ? それは、ピカソにとって、青の時代の作品は、貧者に視点を当てた社会主義的主題の時期と言われます。つまり、貧乏→チープなキッチンという連想らしい。

さらに、西野氏の作品で目立つの大きな時計で、森美術館でのプロジェクトやサンタモニカのギャラリー、Blum & Poeでお披露目しています。時計台というモニュメントにきっと執着があるのですね。わかります。ほかに、彼が反応するものは街路灯ですね。街路灯を屋内に引きこんでしまったり、4本束ねて、まるで花が咲いたようなライトを作ったり。

Kaldor Public Art Project《War and Peace and in between》(Sculptue: Gilbert Bayes Offerings of peace and Offerings of war 1923) 2009 Sydney, Australia top: photo:Koichi Takada bottom: photo:Sherrin Rees

《Chéri in the sky》2006 Exhibition at Maison Hermès 8F
Le Forum Tokyo, Japan ©Nacása & Partners Inc., Courtesy of Hermès Japon
 

最後にもうひとつ、大がかりなプロジェクトの写真を見てみましょう。これは僕も現場では見ていませんが、2009年、シドニー、サウスウェールズ美術館でのプロジェクト。「戦争と平和とその間」。ここでも騎馬像のモニュメントがお部屋に取り込まれていました。お部屋は2つできていて、例によって、馬上の騎士が部屋にいる。もうひとつの部屋の方はというと、騎士はテーブルの上にいるけれど、馬はキャビネットに仕舞われていて、トビラを開けると現れるようになっている。どちらかが戦争で、もう一方が平和でしょうか。そしてこれらは美術館の両翼にあり、美術館は「戦争と平和の間」にあるというなのでしょうか。

マーライオンホテルを完成させた直後、西野さんとメールでやりとりをし、いくつか話を聞きました。彼曰く、「オレは常識を破るのがアートだと思っているし、現代アートの可能性というものは、ミュージアムの中ではなくて、外に出て体験するところにあると考えているんです」。
 

Kaldor Public Art Project《War and Peace and in between》(Sculptue: Gilbert Bayes Offerings of peace and Offerings of war 1923) 2009 Sydney, Australia photo:Sherrin Rees

 

シンガポール・ビエンナーレは5月15日まで開催中。
〈マーライオン・ホテル〉の宿泊予約は15分で売り切れてしまったが、
期間内、日中の見学は部屋を一般公開している。
http://www.singaporebiennale.org/

写真協力/アラタニウラノ
courtesy ARATANIURANO

鈴木芳雄(すずき・よしお)
編集者。日本の美術シーンをレポートし、その動向に大きな影響を与える雑誌BRUTUSで美術編集者を10年間務める。主な仕事に「奈良美智、 村上隆は世界言語だ。」「杉本博司を知っていますか?」「若冲を見たか?」「緊急特集 井上雄彦」「仏像」などがある。展覧会情報や美術書の紹介ブログ「フクヘン。」は読者多数。
http://fukuhen.lammfromm.jp/