10 12/3 UP
text:Yoshio Suzuki
部屋とか、庭とかと同じかな。最初はすっきりきれいだったところにも荷物が増える。それがあるととても便利だったり、手に入れてうれしいものや誇りに思えるものだってある。自分らしいスペースにはなったけれど、だんだん片付きにくくなってくる。掃除も難しくなってくる。ときどき大掃除をしてやりたい。『ハーブ&ドロシー』は誰でもが日々の営みや暮らしのなかで、言い訳や妥協や、誤魔化しや諦めという、心の中に積もってくるガラクタや汚れを大掃除してくれる映画なのだ。
もうひとつ、ハーブとドロシーと同じくらい感動を与えてくれるのが、この映画の監督の佐々木芽生(めぐみ)さんで、ニューヨーク在住の無名の日本人女性。映画制作の常道を逸脱して、こんな素晴らしい映画を作ってしまった彼女にも、観客は賞賛と憧れの声を惜しまないのだ。
ハーブとドロシーの人生を映画化したいという計画は佐々木監督以前にも、たくさんあったはずなのに、なぜ、彼女だけがそれを実現でき、成功させたのか。失敗したら、せっかく手に入れたニューヨークのアパートをあっさり失うことになる賭けにまで出て。
映画を作るということは、脚本を練ることでもなければ、資金提供者を探しまわり口説き倒すことでもなく、まずは、カメラを回すことなのだと彼女はあらためて教えてくれている。
『ハーブ&ドロシー』を見るということはきっと、今年のクリスマスを特別なものにしてくれる。同時に、この季節は大掃除の時期でもある。散らかしてしまったガラクタ、日々の手入れが追いつかず、すっかり汚したままにしてしまっているところを掃除しよう。
住居スペースの掃除は自分でやるしかない(プロの掃除屋を頼んでもいいけど)。こころもときには大掃除をしたほうがいいよね。けっこう汚れてきてるでしょ? 今年は強力な掃除屋が現れてよかった。それがこの映画『ハーブ&ドロシー』なのだと教えておく。
夫のハーブは郵便局員、妻のドロシーは図書館司書、二人の楽しみは現代アートを収集すること。コレクションの基準はふたつ。 「自分たちのお給料だけで買える値段であること」、「1LDKの小さなアパートに収まるサイズであること」。 二人の慎ましい暮らしの中で約30年の歳月をかけてコツコツと集められた2000点以上ものアート作品で1LDKのアパートはいっぱい。しかも、20世紀のアート史に名を残すアーティストたちの名作ばかり。 やがて、アメリカ国立美術館から寄贈の依頼が舞い込み──。アート界に衝撃を与えた小さな二人の、映画のようなほんとうのお話。
監督:佐々木芽生
出演:クリストとジャンヌ=クロード/リチャード・タトル/チャック・クロース/ロバート・マンゴールド
製作年 : 2008年
製作国 : アメリカ
上映時間 : 87分
配給 : クレストインターナショナル
渋谷・イメージフォーラムで公開中
http://www.herbanddorothy.com/jp/
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鈴木芳雄(すずき・よしお)
編集者。2001~2010年の間、雑誌ブルータス副編集長をつとめ、主に美術の特集などを担当。
主な仕事に「西洋美術を100% 楽しむ方法」「国宝って何?」 「仏像」「杉本博司を知っていますか?」
「すいすい理解 (わか)る現代アート」など。 愛知県立芸術大学非常勤講師。
フクヘン。ブログ:http://fukuhen.lammfromm.jp/