THINK PIECE > Marc Forster
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『チョコレート』に『ネバーランド』と、これまでシリアスな人間ドラマを題材にした名作を世に送り出してきた映画監督、マーク・フォ-スター。そんな彼が新たに手がけた作品『主人公は僕だった』は、意外にもファンタジックなコメディ映画。ザック・ヘルムが脚本を担当し、ハリウッドで争奪戦になったという今作を、いかに捉え、どう料理してみせたのか。
 
 
「失敗するかもしれないという緊張感を持つことでよりクリエイティヴになれるんだ」
 
過去12年間、同じ時間に起き、同じ回数だけ歯を磨き、同じ歩数と歩幅で同じ時刻のバスに乗り、同じようなペースで同じような仕事をこなし、いつもひとりで夕食を取って、同じ時間に床についていた、これといって取り柄も特徴もない会計検査官ハロルド・クリック。ある朝、そんな彼の微細な行動をやたら文学的にいちいちナレーションする女性の“声”が頭に響きはじめる。あろうことかその“声”は「この些細な行為が死を招こうとは、彼は知る由もなかった」などと語りだしたのだ。
 
なんだか判らないうちに死が近づいている(?)事実に怯え、彼は救いの手を文学理論の大学教授に求める。そして突き止めた“声”の主は……なんと高名なイギリス人女流作家。ハロルドはまさしく執筆途中の彼女の新作の主人公だったのだ。だがシニカルなことで知られる彼女の小説では、主人公は最後に必ず死ぬものと決まっていた! 
 
 
まさに奇想。登場人物の行動をナレーターが一歩先にイジるギャグは古典的なものでもあるが(本作中では「三人称の語り手の全能性について」と謂われる)、それをテーマとしてこれほど昇華させたメタフィクションは前代未聞。監督がシリアスな人間ドラマの名手として名声高いマーク・フォースターだというのも驚きである。
 
『チョコレート』('01)でハル・ベリーの、『ネバーランド』('04)でジョニー・デップの新生面を見いだした彼が、今回主人公に選んだのは、アメリカン・コメディの人気者ウィル・フェレルだ。
 
「コメディは前から撮りたかったんだけど、自分のユーモアのセンスに合ういい脚本にめぐりあうことができなくて。僕はヨーロッパ人(父はスイス人、母はドイツ人)だから、アメリカン・コメディのセンスにはかなり違和感がある。だからウィルの今までの仕事にも馴染がなくて。彼のやったものをいくつか見たけど、その段階では僕のセンスとはちょっと違うユーモアかなと正直思った(笑)。でも会ってみて直感的に彼だと即決したんだ。僕は俳優が、今までやったことのない役にキャスティングするのが好きでね。ウィルもアドリブなしの抑えたものにしてほしいという要望にノってくれて、微妙なニュアンスを出してくれた。彼本来の普通人の顔のね」
 
普通人の日常、とはいってもありきたりな描写がなされるワケでは決してない。メカニカルなまでの反復繰り返しからなる動作のたびに、細かなゲージやグラフがハロルドの周りにちょこまか現れる。これが理系グラフィックとしてかなり斬新で楽しい。 
 
 
「脚本上には“いつもハロルドは数えてる”とだけあった。どう視覚化しようかといろいろテストしていたときに、視覚効果デザイナーがMK12というアーティスト集団の仕事を収めたディスクを持ってきて。それで彼らしかいない!と決めたんだ」
 
脚本を書いたのはザック・ヘルム。チャーリー・カウフマン作品(『マルコヴィッチの穴』『アダプテーション』)にも近しい感覚を持った、'75年生まれの新鋭である。
 
「ザックのことはまったく知らなかったけど、エージェントのほうに送られてきた脚本を読むなり惚れこんでしまった。“運命はすでに定められているのか、それとも自分で変えられるのか”、そんな主題をあまり深刻にならずユーモアで語っているところが素敵だろ。彼と一緒に2回書き直したけど、とても頭が切れる男で一緒に作業していて楽しかったね。しかも僕よりも若い(笑)」
 
そう、新鋭ヘルムは32歳。フォースターだってまだ38歳。着実に作品数を重ねつつもひとつのジャンルに拘らないからか、もっと年輩を連想していた。
 
「ヒッチコックのようにひとつのジャンルを完璧にしていくタイプと、ビリー・ワイルダーのように常にいろいろ違うものに挑戦していくタイプ……監督には2タイプあるけど僕は明らかに後者で、失敗するかもしれないという緊張感を持つことでよりクリエイティヴになれるんだ。でもこれは現実と幻想を扱った『ネバーランド』('04)『ステイ』('05)に続く“リアリティとファンタジー”を扱った三部作の完結編でもある。演出的にも美術的にもデザイン的にも、いちばん自分のヴィジョンに近づけたと満足してるんだ。とりわけ数字づくめの無機質なものから、アナと出会い、恋し、死と直面してどんどん変化していくハロルド・クリックの世界がね」。 
 
 
ハロルドが毎日の生活から閉め出していた「ギターを買う」という夢を決行し、アナ(マギー・ギレンホールが可愛い!)に弾き語るシーンはとてもロマンティック。ルルーシュの『男と女』も重要なシーンでそのまま引用されている。だがそれだけじゃない。人生謳歌の象徴であるかのように、いきなり度外れた大バカ映像が登場するのだ! それは『モンティ・パイソン/人生狂騒曲』('83)の、知る人ぞ知るあのシーンである。
 
「僕は子供の頃からモンティ・パイソンが大好きなんだ! テリー・ギリアムはじめメンバーへのオマージュとして使ったのさ。(作家を演じた)エマもパイソン・ファンだよね。なにしろ彼女はケンブリッジを出て、まずはTVのコメディアンとしてスタートしたんだけど成功しなかったんだから(笑)」
 
 
 
『主人公は僕だった』
 
監督:マーク・フォースター
出演:ウィル・フェレル、エマ・トンプソン、マギー・ギレンホール、ダスティン・ホフマン、クイーン・ラティファほか
2006年/アメリカ
上映時間:1時間52分

配給 : ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

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