THINK PIECE > Robert Altman
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15歳のある夜、もしロバート・アルトマンの『ナッシュビル』('75)を観ていなければ、僕は絶対ここでこんなことを書いていなかったろう。映画にのめりこんでたかどうかも判らない。
 
上映時間160分を隅から隅までモザイク的に埋めつくす断片的エピソード。沈黙を畏れるかのように複数の人物が同時に喋りまくる言葉の洪水。最後までメインとなるべき人物が判然とせず、いずれを取っても主役級の美形とはほど遠い個性的なツラ構えの役者たちがそれぞれの勝手なドラマを演じていく。さらには俳優自身が作詞・作曲・歌唱した金太郎飴のごときカントリー&ウェスタンのつるべ打ち。……そのときの僕は、無数の色をもったブロックが巨大な壁のように積み上げられていくのを呆然と観つづけるだけだった。
 
しかし!……狂騒の果てには、すべてを凶暴に統括する大カタストロフが待ち受けていたのだ。バラバラに見えたそれぞれの人生模様が野外コンサート会場に結集するラスト・シーン、築き上げられた壁は一発の銃声でたちまち崩れ去り、巨大なステージ上にひとり残されたバーバラ・ハリスが大パニックに陥る観客に呼びかける。「ぜんぶ夢だったの、何もなかったの。さあ、歌で吹き飛ばしましょう!」。
 
 
善も悪も夢も希望も、強引にうやむやにしてしまうアメリカ的楽天性の恐怖と狂気。というよりも、人間の営為そのものを冷笑とともに観察する得体の知れない不埒な作家のまなざしが、群衆の痴呆的な合唱を見下ろす青空の向こうに透けてみえて、僕は背骨に電流が走ったまま座席から動けなかった。
 
厳密に言えば、すでにTVで『M★A★S★H』('70)は観ていたし、彼のどす黒い笑いの感覚には肌合いの良さを感じていたのだけれど、真の意味では『ナッシュビル』こそが僕のアルトマン初体験だといっていいだろう。これを観た翌日からだ。毎日のように映画を漁りに出かける生活を僕が送りはじめたのは。
 
 
『ウエディング』('78)『ザ・プレイヤー』('92)『プレタポルテ』('94)『ショート・カッツ』('94)と続く巨大群像劇は、今やポール・トーマス・アンダースン(『ブギーナイツ』『マグノリア』)をはじめとする多くの作家に影響を与えたが、そのほぼすべてはアルトマンのオリジナル・スタイルである。そんな彼が昨2006年11月20日、81歳で亡くなった。むろん個人的な衝撃はメチャ大きいが、遺作『今宵、フィッツジェラルド劇場で』を観て少しは慰められた。“哀しむなんて野暮なこと、およそアルトマンに似つかわしくない”と思わせる、粋でチャーミングな作品なのであった。
 
実在のラジオショウ(の架空の最終公録)を舞台にしつつ、フィッツジェラルドというよりチャンドラーのパロディじみたノワール的趣向も可笑しい群像劇。豪華なアンサンブル・キャストが伝統的スタイルのカントリーを自身の声で歌うという趣向は、モロに『ナッシュビル』を彷彿とさせるものだ。だがここに挑戦的な狂騒やカタストロフはない。もともと死や別れといったものと、親和し戯れつづけてきた作家ではあったが(『M★A★S★H』の有名な主題曲は「自殺は痛くない」って歌詞だ)、そうしたものとすっかり和解してしまったかのような穏やかさがある。
 
ファム・ファタル的装いの美しき“死の天使”(ヴァージニア・マドセン)が、番組を打ちきろうとする新オーナー(トミー・リー・ジョーンズ)をあちらの世界へ導こうが、終わるものは終わる。内向的なメガネっ娘(リンジー・ローハン)がいくら自殺にとりつかれようが、生きるものは生きる。生放送のドタバタ中に天国へ召される老歌手(ペキンパー映画常連のL.Q.ジョーンズ!)のように、さっきまで歌っていた者でも死ぬときは死ぬのだ。
 
もちろん、のたりのたりと動き続ける下世話で落ち着きのないキャメラであるとか、人物の些細な動きや無意識のアクションを逃さずとらえる窃視性といった“アルトマン節”は健在(メリル・ストリープとリリー・トムリンの“漫才”は最高だ)。しかしそこには気負いがない。川島雄三ではないが「サヨナラだけが人生だ」と言わんばかりのさりげなさ。いいおさらばの姿ですねぇ。
 
……余談だが、身体の状態が懸念されたアルトマンのアシスタントとして、なんとポール・トーマス・アンダースンが撮影中、ずっと側についていたという。まるで免許皆伝、後継者正式指名のようではないか。
 
 
 
『今宵、フィッツジェラルド劇場で』
 
監督:ロバート・アルトマン
出演:メリル・ストリープ、ケビン・クライン、ヴァージニア・マドセン、トミー・リー・ジョーンズ、リンジー・ローハン、ウディ・ハレルソン、ジョン・C・ライリーほか
2006年/アメリカ
上映時間:1時間45分
配給:ムービーアイ+東京テアトル

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