『グラスヴェガス』初来日公演
「オバマ大統領登場」に匹敵するロック史の大事件!
となる可能性アリの「潔癖な」新星
09 1/26 UPDATE
たった一つのバンドが、人生を変えてしまう場合がある。ただ一度のライヴが、「生涯体験」と呼ぶにふさわしい出来事となる──そんなことだってある。このバンド「グラスヴェガス(Glasvegas)」の初来日公演は、まさにそんなイベントだったのではないか。
スコットランドはグラスゴー出身の4ピース。ギターは轟音フィードバック。まるでオールディーズのような激甘にして気高いメロディ。日常の中にある悲劇と愛をシャープに切り取った歌詞。「ウォール・オブ・サウンド」コンプレックス。そしてドラムは女子。フロアタムとハイハット一発ずつにあとはスネアという簡素なセットを簡素なテクニックで立ちドラム!──という要素だけで、前のめりになってしまう人もいるだろう。が、それだけではない。
例えばそれはこんな感じだ。「ジャスト・ライク・ハニー」しか演らない初期ジーザス&メリーチェインに、ジョー・ストラマーがヴォーカルとして加入したら、ジョーにアズテック・カメラのロディ・フレイムの霊(生きてますが)が憑いてしまった、ような......キーワードは、「潔癖」ということ。かつて、パンク/ニューウェイヴの時代には、「潔癖な」若者が多く世に出た。若きジョー・ストラマー。若きポール・ウェラー。若きロディ・フレイム。世の中には間違ったこと、汚いこと、「大人なんだから、しょうがないんだよ」といったようなこと、多々あるのは当たり前「だけれども」、そんなもんは全部いらないんだよ!──とでも言うような。そんな少年っぽい「潔癖」感をみなぎらせた若者が、ときにロック・シーンに登場して、歴史を回天させることがある。そんなことを、本当に何十年ぶりかに思い出させてくれるバンド、それがグラスヴェガスだ。
その潔癖性の源は、ヴォーカル/ギター、そしてすべてのソングライティングを手掛けるジェームズ・アラン。ジザメリよろしく、ステージ後部からのストロボやフラッシュ・ライトの逆光の中に、ギターを持って立つ、その立ち姿のドンギマリぐあいは、ただごとではない。グラスゴーのカトリック名門小中校に(たぶんサッカーで)進学、それから、地元のクラブでプロのサッカー選手をやったのち、突然グラスヴェガスをはじめた、という変わり種で、その経歴ふくめ、彼のこの「男の子っぽい」感じは、キャメロン・クロウ監督の名作『セイ・エニシング』出演時のジョン・キューザックにも通じるものがある。
そのジェームズ・アランの、伸びが良く、つやのある声が、轟音を撃ちぬいて、「真っ正直な歌」をつたえるのがグラスヴェガスのライヴだ。ショウの中で最も圧巻だったのは、最終曲。比較的短いセットの最後に、ロネッツ「ビー・マイ・ベイビー」の轟音カヴァーでシメるのだが、それを観ながら筆者は落涙している自分を発見した(ライヴを観て泣いたのは初めてだ)。ステージ背後にはジョーイ・ラモーンの霊まで見えたような気すらした。
すでにUKでは新人として申し分ないスタートを切っているグラスヴェガス。一部フットボール場では、彼らのナンバーがすでにアンセムと化しているらしい。セルフ・タイトルドのデビュー・アルバムは、昨年この日本でも発表されたが、まださほど大きなヒットとはなっていない。これは恥だ。ふだん提灯情報で目や耳を汚されているから、レーダーの感度が劣化しているのだと思う。なるべく早く、この圧倒的な存在に気づくべきだ。この日のライヴは、個人的には、ストーン・ローゼズ、ニルヴァーナそれぞれの初来日公演と同等か、それ以上のものだったと思う。どう控えめに見ても、ここ十五年間にデビューしたロック・バンドの中では、このグラスヴェガスが、文句なしのダントツでナンバー・ワンだろう。
しかし問題は、この「潔癖性」なのだ。あらゆる美性に恵まれた、オーソドックスともいえるバンドの全体像は、大成功の可能性もある。オアシス以上のバンドとなれる、そんなポテンシャルも十分にある。一方、そんな全体像を支えているのは、奇矯なオリジナリティだ。その一例が変則ドラム。いまどき「リズムの快楽」をすっぱり捨て去って、「歌」のドラマ性にすべてを注入するようなスタンスは、現代の音楽シーンの流行すべてを無視している、といっていい。今後の楽曲的バリエーションにも影響するだろう。だから、もしかしたら、この来日公演だけが伝説と化して、もう二度とその本領を発揮することはない、かもしれない。そんなあやうさがある。「あまりにも素晴らしい」がゆえに、それが持続・発展できない、という可能性も大だ。
それだけに、この日のライヴを見逃した人は、いまからでも遅くない(かもしれない)から、次のライヴ、彼らの次のアクションを、絶対に見逃すべきではない。それは人生に影響する。
オバマ大統領の就任演説は、かの国の根本精神の美点を復活させ、今日の国難に挑む、というトーンが基調だった。彼の「潔癖性」が生んだ名演説だった。グラスヴェガスの存在感は、オバマの精神に似ている。すくなくとも、ロック史においては、オバマ大統領登場と同等の、一大事件なのだと思う。
Text:Daisuke Kawasaki(beikoku-ongaku)
Photo:MITCH IKEDA