KRIS VAN ASSCHE
アウグスト・ザンダーの肖像写真に
インスパイアされた2008S/Sコレクション。
08 1/17 UPDATE
2008S/Sからディオール オムのアーティスティックに就任し、新たなスタートをきったクリス ヴァン アッシュ。今回で6シーズン目となる自身のコレクションでは、写真好きと公言する彼らしい、アウグスト ザンダーの肖像写真にインスパイアされた内容を披露している。
ザンダーの作品は、写真史に燦然と輝くポートレイトの最高峰の傑作として、長い時を経た今もなお色褪せない強度を保持している。彼は1876年、ドイツのヘルドルフで生まれ、若い頃は炭坑で働いていたが、写真に興味を持ち、1902年、オーストリアのリンツにスタジオを構えた。この頃は、当時流行した印画紙に工夫をこらす技法で撮影をしていたが、その後、表層的で現実味のない芸術風の写真に別れを告げ、農場や炭鉱に囲まれて育った自身のルーツを見つめ、鋭く直接的な作風へと変化する。
ある頃から彼の脳裏に、ドイツのあらゆる職業や階層を即物的な眼差しで網羅し、観相学的な視点で個々の容貌を捉えることから、時代の変貌や世界の様相を俯瞰しようと試みる、壮大なプロジェクトが浮かび上がった。制作は険しい道程であったが、数々の困難を乗り越え、1929年、かの有名な「時代の顔」が出版された。その後、写真集はナチスに押収され、プリントも破棄されたが、幸運にもネガは残り、ザンダーの活動は1950年代まで続けられた。
これらの肖像は結果的に、記録写真の領域やザンダー自身の想像をも超えた真の芸術写真として、タイポロジーの手法で有名なベッヒャー夫妻、特異なスタイルで伝説となったダイアン アーバスなどなど、後世の写真家に絶大な影響を与え、彼らに写真表現の新たな可能性を示唆したのである。
さて、ザンダーが残した肖像群において、衣服は、匿名の人々の職業を分類する素材として、もっと重要な役割を果たしているわけだが、これらを単に衣料品の資料と見なし、安直にトレースする方法は別にして、現代におけるファッションと結びつけるには、なんらかのアイディアや解釈が必要となってくる。
そこでクリス ヴァン アッシュは、物語の主役となっている、農民の姿に目をつけた。彼らが代々受け継ぎ大切に着ていたワードロープから着想を得て、不思議なプロポーションやアシンメトリーなディテールを用いたプレタポルテを発案したのである。
激動の時勢を映したザンダーのドキュメンタリーとファッションアイテムの間には、決定的な性質の差異が存在する。決して変わることない非日常の瞬間と、個々の尺度で楽しめるファッション、クリスはその相違をうまくついたハイレベルなクリエイションを見事なまでに実践している。
Text:Tsuneyuki Tokano
Photo:Masaki Sato