おそらく世界でもっとも有名な俳優のひとりロバート・デ・ニーロであるが、意外や監督はこれで2作目。傑作といっていい前作『ブロンクス物語/愛につつまれた街』は1993年、次回作としてさまざまな企画が噂されたがそのたびに潰れ、ようやく撮りあげたのがこの激渋冷戦諜報映画。上映時間はなんと2時間50分、しかし悠揚迫らぬ堂々たる語りっぷりに、やはり映画演出家としての才を確認させる出来ではある。
軸となるのは'61年、キューバのカストロ政権を打倒すべく強引に実行された侵攻作戦…ピッグス湾事件だ。部内者からの情報漏洩によって失敗した(らしい)この事件を軸として、映画はその作戦の中核にいたCIA幹部(マット・デイモン)のそれまでの半生が描かれていく。
幼年期に体験した父の自殺(そこにも国家への裏切りのほのめかしがある)。アングロサクソンのエリートによる秘密結社のメンバーとなり、ドイツ文学の教授とその裏の顔を知り(それは後に国際政治の裏舞台の複雑さを知ることへと繋がる)、聾唖の恋人と愛しあいつつ、でも別の妻となる女性と関係を持ってしまうイェール大学時代。そして戦略情報局員となってベルリンへ赴任した第二次大戦前夜。そしてCIAという組織の成立に関与することになってしまう戦後世界……。映画は'61年とそれぞれの過去を激しく往還させながらも、煩瑣にもならず映画をより濃密なものにしているのが見事。
タイトルが示すように、イエス・キリストのひそみに倣って「良き羊飼い」たる役割を、ふたつのファミリー……家族とCIA……に求められる主人公。製作総指揮にあのコッポラが加わっていることもあって『ゴッドファーザー』と比較対照されたとして間違いではないだろう。しかし映画全体のイメージはより直截に政治的だ。脚本が、冷戦時代真っ只中の諜報戦争と9.11以後の現在とを結びつけてみせた『ミュンヘン』のエリック・ロスだけあり、まさにその前時代のはらわたをえぐり出してみせようかという気迫が本作の魂なのである。
主人公と衝動的に野外セックスし、結局妊娠して家庭を持つことになるアンジェリーナ・ジョリーが、“個性的演技派”たるデビュー時のスタンスに戻った快演を見せるのも嬉しい。しかしマット・デイモンが冒頭とラストで見せる、静かな歩みっぷりがなにより圧倒的。その歩みの沈痛なリズムはアメリカという国家の拭いきれぬ負の顕れとして、今に至るまで延々と響いている……。
Text:Milkman Saito