『パンズ・ラビリンス』 世界を暗黒で覆うファシズムの権化から無垢なる精神を守るための、少女の物語
07 10/5 UP

ここ数年、世界の映画界に揺すぶりをかけているのがメキシコ出身の映画人たち。去年の賞レースを例に挙げて具体的にいうならば、『トゥモロー・ワールド』のアルフォンソ・クアロン、『バベル』のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、そして本作『パンズ・ラビリンス』のギリェルモ・デル・トロの3人……人呼んで“スリー・アミーゴス”である。

なかでもデル・トロはとりわけ異色の存在だ。ハリウッドで『ヘルボーイ』『ブレイド2』などのアメコミ原作映画を手掛ける彼だが、幼少期から映画漬けコミック漬けだったことを隠しもしない完全なオタク。日本アニメへの耽溺ぶりも尋常ではない。だが、文学・美術等々に関する博覧強記と歴史的洞察も驚くばかりで、自動機械、時計、地下迷宮、昆虫、ファシズム…といった彼好みのイメージは、むしろ澁澤龍彦や荒俣宏の読者が喜びそうだ。

ハリウッドであろうが自分の趣味に忠実すぎる彼であるから、本拠地であるスペイン語映画界においてはなおさらディープになる。本作とてジャンルでいえばファンタジーだが、舞台は1944年、スペイン内乱期。ゲリラによる抵抗は執拗に続いているが、フランコ政権の恐怖政治がもはや確立した時代だ。実はデル・トロ、かつてフランコの勝利宣言前夜を舞台にした孤児院の幽霊譚『デビルズ・バックボーン』という傑作をモノしていて、これとはまさに姉妹編といっていい。この2作はどちらも強固かつ恐ろしい現実と、超自然の幻想とが同居しているのだけど、このふたつは分かちがたく、あくまで連続したもの。むしろ観る者は、絵空事に収まらないこの世の恐怖のほうにこそ慄然とするはずだ。

母がフランコ軍の大尉と再婚し、彼のいる駐屯地へ引っ越すこととなった少女オフェリア。彼に象徴される冷酷で非情なファシズムの影に直感的に危険なものを感じたオフェリアは、だからこそなのか、機械仕掛けのナナフシに化けた妖精に導かれ、森の中の迷宮でパンの神に出会う。身体がほぼ植物と化したパンは「あなたは魔法の王国の姫の生まれ変わりだ。しかし帰還するには三つの試練に耐えなければならない」と言う。いわば「不思議の国のアリス」や「オズの魔法使い」的な通過儀礼を課せられるわけで、その中に現れるのは、掌に目玉があるナマっ白い怪物、巨大なガマガエル、蠢くマンドラゴラなど、モロにSFX&特殊メイクなもののけたち。

しかしそれは苛烈で非情な現実世界から目をそらすための少女の幻想なんかじゃない。世界を暗黒で覆うファシズムの権化から無垢なる精神を守るための、彼女なりの冒険であり戦争なのだ。そして何より恐ろしいのが現実世界の大尉であるという事実(セルジ・ロペス大好演。自分で自分の●●を縫い付けるシーンの痛さ!)。そしてラスト、「パンの迷宮」の本当の意味が明らかになったとき、そこにあるのが勝利や救いであるとは限らないのもまた、これが単なる逃避でないことの証である。

『パンズ・ラビリンス』

監督:ギレルモ・デル・トロ
出演:イヴァナ・バケロ、セルジ・ロペス、アリアドナ・ヒル、マリベル・ヴェルドゥほか
2006年/メキシコ・スペイン・アメリカ
上映時間:119分

配給:CKエンタテイメント

http://www.panslabyrinth.jp/

恵比寿ガーデンシネマ他全国ロードショー

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