すべてを理解してもらおうなんて微塵も思わずに作られている映画を、わざわざ観るほうが理解しようと苦心惨憺するこたぁない。なにしろデイヴィッド・リンチの映画なんだもの、そういう映画であろうことは観る前から想像がつく。
しかし映像に溺れて育った現代人の性といえばいいか、どうせすべてが理解できるわけなどないと知りつつも、目の前で展開するものごとに何がしかの論理的な繋がりを求め、探り、空間や時系列を整理・構築しながら観てしまうものなのである。
その点リンチは巧妙だ。
もはや本作、映画としてはかろうじて一本の作品と称するに足るかたちをとどめているに過ぎない。あの過激な『ロスト・ハイウェイ』('97)や『マルホランド・ドライブ』('01)と比べても、全体像は格段に不明確にして不定形。しかも上映時間180分……!
主人公はいちおう、ハリウッド女優のニッキー(ローラ・ダーン)。彼女は起死回生を狙った新作「暗い明日の空の上で」で不倫を演じることになるが、実生活でもその相手役と不倫してしまい、虚実の見境が曖昧になっていく…というのが、どうやら主筋であるらしい。
でもそれがおぼろげながらも読み取れるのはせいぜい1時間15分くらいまで。そこに、新作映画のオリジナルであるポーランド映画「47」やら、その撮影中に何かあったとおぼしい女性がTVを見ながら泣き続けるどこかの世界やら、娼婦らしい女性がワンサカいる家やら、50年代シットコム風の部屋で暮らすウサギ人間やら…が明滅し交錯し干渉しあって、もう何が本筋やら誰が主人公なのかさえ判然としなくなってくるのだ。
しかしリンチは観客の興味を逸らさない。錯綜に錯綜を重ねつつも、謎解きのヒントらしきものはけっこう周到に張り巡らしてあるのだ。ただそれは思わせぶりなだけで決して解決はしないのだけれど(笑)、目の前で変化しつづける出来事のつじつまを合わせようと、あれこれ無駄な努力を楽しむ余地が観客にはある。いわば観客参加型の映画。これこそ凡百の実験映画作家とリンチを区別する、生来のエンタテイナーぶりといってもいいだろう。
そうでなくてもリンチのトレードマークたる、身体の芯にまで響く重量級ノイズは健在。いつもの蠱惑的な暗闇、隅々までエッジの効いた画像は、今回は全編あまり高精度じゃないDVカムで撮られているから期待しないほうがよろしい(笑)。でも、アップなんてほぼピントが背景に合っているという開き直ったようなムチャクチャさは観ているうちに爽快感さえ出てくるのも事実。キャメラも自分で多くを廻しているから、これもまた個人映画から出発したリンチ流の原点回帰表明と思えば納得か。一瞬しか映らないこともある豪華キャスト、誰よりリンチっぽい裕木奈江(!)にも要注目!!
Text:Milkman Saito