『セブン』のD・フィンチャーが描く米国犯罪史に残る「劇場型連続殺人事件」の真相?
07 6/15 UP

デビッド・フィンチャーの連続殺人映画となると、まず思い浮かぶのはやはり『セブン』だ。犯人が思わせぶりなヒントを残し、その謎を解こうとする者たちが翻弄される……そうしたことでは確かに共通性がある。だがこれはおそらく本末転倒。1969年を発端にサンフランシスコ近郊を舞台に起こった「ゾディアック・キラー」事件は、今に繋がる劇場型犯罪のはしりであり、それ以後の連続殺人ミステリはすべからく、大前提としてゾディアック事件を踏まえざるを得ないからだ。

しかしながら本作は『セブン』とほとんど逆の感触を残す作品といえる。連続殺人の描写はサスペンスフルかつグラフィックなキレを見せるが、フィンチャーにしては派手な画作りも少なく、極論すればド素人の新聞漫画家ジェイク・ギレンホールが30年の長きに渡って謎を探っていくだけの160分。

そりゃ警察の捜査も描かれはする。マーク・ラファロ扮する捜査官は『ブリット』でマックィーンのモデルになったほどの有能な人物と示されるが、そんな彼とて決定的な証拠を掴めず、捜査の骨休めで観に行ったのが『ダーティハリー』。ゾディアックを元ネタにした犯人をハリー・キャラハンに撃ち殺され憂鬱を深めるように、結局はお役所システムの弊害によって犯人を断定できぬまま悶々とするばかりなのだ。

だからこれを巨大な謎に魅せられ、翻弄され、人生を狂わせていく人間の物語とみることはできる。しかしそんな重苦しさをどうも感じないのが本作の素晴らしさ。それはひとえに、結局この映画を引っ張っているのがただのオタク、アマチュアに過ぎないから。ひとりの新聞漫画家が、誰にも強制されず、何の義務もないのに、ただ自分の興味の赴くままに警察内部のシステムも乗り越え、筆跡鑑定などにも縛られず(専門家の見解もまたひとつのシステムである)、ついには誰もがもっとも納得できるひとつの結論を導きだす。まさにアマチュアリズムの勝利、オタクの願望充足に他ならない(最後の最後、ホームセンターのシーンは象徴的だ)。

謎を仕掛ける者が遊戯的なら、謎を解く者も遊戯的に対峙する。それがいわば、実録映画でありながら本格推理ものにも似たパズル性を生み出しているってわけ。表情をあまり変えず、たとえ嫁さんが呆れて出ていこうが飄々としたジェイクの雰囲気がこのお気楽さに結びついているのは間違いない。また真逆のハイテンションで身を持ち崩していく(これも身から出たサビだ)新聞記者ロバート・ダウニーJr.も好演だな。

とはいえ、これはいちおう未解決事件の映画化。脚本もそうとう周到にそれを意識していて、ひとつ以上の解釈がすべての謎に用意されているのもいい。そういえば何度も聴こえるテーマらしき音楽、どうもチャールズ・アイヴズの「答えのない質問」にそっくりなんですけどね(笑)。

『ゾディアック』

監督:デビッド・フィンチャー
原作:ロバート・グレイスミス
出演:ジェイク・ギレンホール、マーク・ラファロ、アンソニー・エドワーズ、ロバート・ダウニーJr.、ブライアン・コックス、ジョン・キャロルリンチ、クロエ・セヴィニー、イライアス・コーティーズ、ドナル・ローグ、ダーモット・マーローニーほか
2007年/アメリカ
上映時間:2時間37分
配給:ワーナー・ブラザース映画

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6月16日(土)より丸の内プラゼール他全国ロードショー

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