「原作」として名が挙げられているパトリシア・ボズワースの評伝「炎のごとく 写真家ダイアン・アーバス」等で実像を知る人は、この作品のアーバス像に違和感を感じてしまうかも知れない。そう、原題“FUR: An Imaginary Portrait of Diane Arbus”が示すとおり、これはハナっから忠実な伝記映画を目論んだものじゃないのだ。あくまで作者のイマジネーションを通過したアーバスの姿。美人で裕福で才気溢れる彼女が、何故に成功していた夫との協働を解消してまで肉体的・精神的な異形の存在に惹かれていったのか。ずばり、キーワードは「毛フェチ」。いかにも前作『セクレタリー』で、秘書と雇い主とのSMを介した純愛を描いたシャインバーグらしい。
舞台は58年、夫アランとのファッション広告写真スタジオがあるNYの古いアパート(ところどころ剥げ落ちた壁の、深みのあるブルーがまたエロティックだ)。ある日階上に越してきた奇妙なマスクの男への興味が、ダイアンの創造性……そして封印されていた暝い性を覚醒させていく(作品中では“覚醒前”を強調するようにDianeは“ディアン”と読まれる)。
ナイーヴな多毛症男を全身特殊メイクで演じるロバート・ダウニーJr.も最近の好調ぶりを伺わせるが、なんといってもダイアン役のニコール・キッドマンが素晴らしい。そのおそろしいほどの美しさ自体が異界の住民じみているのであるが、次第に他人の内面の秘密を覗きこむような挑発的なまなざしへと変わっていくさまにドキリとさせられるのだ。
ちなみにダイアン・アーバスの写真を劇的に有名にしたのは、彼女の教え子でもあるキューブリックが『シャイニング』で引用した「一卵性双生児」のイメージだ。そんなキューブリックにとって、ニコールは遺作のヒロインである。ここにもなんかイメージの連環を感じてしまうんだな。
Text:Milkman Saito