いまメキシコ映画界が勢いづいている。牽引しているのは60年代前半生まれの同世代三羽烏(今年のアカデミー賞でも3ショットになっていたな)。『トゥモロー・ワールド』のアルフォンソ・クアロン、『ヘルボーイ』のギリェルモ・デル・トロ、『アモーレス・ペロス』『21グラム』そして本作『バベル』を撮ったアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥだ。
イニャリトゥといえば前二作でも組んできた脚本家ギリェルモ・アリアガとのコラボレーションで特徴づけられる時制分解多層構造映画。今回は地球をとりまくように、3つの地域=4つの国=4つの家族を往還してディスコミュニケーションの物語が語られる。すべてを繋ぐのはモロッコの羊飼いの息子によって放たれた一発の銃弾だ。
それを身体に受けてしまうのは観光バスに乗っていたアメリカ人女性(ケイト・ブランシェット)。夫(ブラピ)と夫婦関係を見つめ直すためモロッコに来ていた(ってポール・ボウルズの「シェルタリング・スカイ」だよね)最中の出来事だった。いっぽう彼らがアメリカに残したふたりの子供たちはメキシコ人の乳母に連れられメキシコへ。しかし国境でトラブって砂漠に3人とり残されてしまう。
そして日本。アメリカ人を撃った銃はハンティング好きのサラリーマン(役所広司)がモロッコに残したものだった。高校生の娘は聾唖で、しかもそのライフルが関与したと思われる“ある事件”のショックが残り、ますます自分を追いつめていた……。
言葉が通じない、伝えたいことが伝えられない、いや、言葉が通じたって人と人とはそんな簡単に判りあえるものではない、という本作のテーマが、もっとも映画的かつミステリアスに描けているのはこの日本パート。聾唖の娘を演じる菊地凛子は、まさしく孤独の淵を危うげに歩んでいるかのような繊細きわまる演技を見せ、賞レースでのノミネート・ラッシュも納得である。6月に公開の三木聡監督『図鑑に載ってない虫』ではブチ切れたところ見せてますからね、やはりとっても楽しみな女優ではあります。
Text:Milkman Saito