『叫(さけび)』 物語は極めてミステリアスに始まり、徐々に姿を見せはじめるテーマは実に巨大でおそろしい。
07 2/27 UP

これはもう正面切った「幽霊譚」である。いかにも霊体が映りこみそうな「鏡」の多用も思わせぶりで不安感を煽りまくるが、いざ“出る”となれば、ひゅーどろどろといった勿体ぶった素振りもなく、まさにムンク「叫び」のポーズでもって、耳を射貫くほどに絶叫しながらどかーんと現れる。白昼堂々、真っ赤な服を着た女の幽霊が。

だが物語は極めてミステリアスに始まるのだ。開発途中の湾岸地帯(地震が起こるとたちまち液状化し、水浸しになる)で起きた殺人事件。それを捜査する刑事(役所広司)は現場に自分の痕跡があるのに気づき、ひょっとして自分が犯人なのではないかと疑いはじめる。黒沢清は前に役所主演で『ドッペルゲンガー』という作品も作っているし(まあ、あれは狂ったコメディだったが)、やはり分身の仕業ではないのか?…妙なカウンセラー(オダギリジョー)も出てくることだし、精神分析的なオチがつくんじゃないのか?……などと、この不条理サスペンスじみた展開に考えを巡らしつつ観入るうち、ほどなく似たような手段(海水で窒息死させる)を使った殺人事件が頻発しはじめる。そこから徐々に姿を見せはじめるテーマは実に巨大でおそろしい。

実在すると仮定してだが、幽霊とはおそらく、「過去」に生きた人間の残留エネルギーであろう。この映画ではこれが一種の都市論にまで拡大されるのだ。さまざまなものを無造作にぶち毀し、見たくないものに眼をそらしたまま開発を続けてきた都市。見捨てられたものの想念はやがて、自分たちの骸の上に築きあげられた「現在」に牙をむくだろう。いまを生きるものはそんな過去に無関心でいていいのだろうか。やはり何らかの償いをするべきではないのか。

……しかし現代人が背負わされたカルマは、解消するにはもはや遅すぎる。それゆえにこの物語はとてつもなくおそろしい。

『叫(さけび)』
監督:黒沢清
出演:役所広司 、小西真奈美 、葉月里緒菜 、伊原剛志 、オダギリジョー 、加瀬亮ほか
2006年/日本
上映時間:1時間44分
配給:ザナドゥー、エイベックス・エンタテインメント、ファントム・フィルム
(C)2006「叫」製作委員会

シネセゾン渋谷、新宿武蔵野館、お台場シネマメディアージュほかにて全国上映中

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