“踊る”意志を強烈な低音に託した昨年リリースのアルバム『The Dancer』に続き、DJ/プロデューサーの井上薫がKaoru Inoue名義のセカンド・アルバム『Slow Motion』を早くも発表する。
「このアルバムは(前作)『The Dancer』の制作終盤に雑誌「BRUTUS」がヨガ特集をやるっていうことで、付録のインストラクションDVDに音を作って欲しいっていうオファーがあって。自分自身、ヨガもやったことがあったし、面白そうだなっていうことで作ったんだけど、その話を発端として、もともとチルアウト/アンビエントな音は聴くっていう意味で好きだったし、『The Dancer』を作ったことで、ダンス・トラックを作ろうっていう勢いがリセットされた感じがあって。あと、DJとして色んなダンス・トラックを聴いていると、もちろん、いいものもあるんだけど、あまり変化がないように感じられたし、音を詰め込みすぎている作品が多い気がして。そういう背景が、このアルバムの制作に向かわせたんだと思う」
そう語る本作は前作から一転して、ノンビートのアトモスフェリックな作品になっており、英国の黒人バイオリン奏者、エバートン・ネルソンやジャムバンド、アラヤヴィジャナのタブラ奏者、瀬川UKOといったゲストを招きつつ、彼の体験したヨガの瞑想的な感覚が浮遊する重層的なシンセサイザーをを軸に美しく広がっている。
「このアルバムはチルアウト的な側面とそれだけには収まらない側面があって、タンブーラ(インドの古典的弦楽器)のブーンっていうドローン(通奏音)をサンプリングして、どのトラックにも入っているんだけど、ドローンには聴いてると音の向こう側に持っていかれる感覚があるんだよね」
そのアルバムと同時発売されるのが彼とPORT OF NOTESのDSKこと小島大介によるギター・バレアリック・デュオ、AURORAのセカンド・アルバム『Fjord』だ。自然音と2人のギター・プレイが溶け合った、こちらの作品もまた聴き進めるうちにナチュラルなサウンド・スケープの彼方に意識が持っていかれる作品になっている。
「バレアリックって何なのか? DSKが“明確な意味はよく分からないんだけど、バレアリックってことにこだわりたい”ってことを言っていて。南国の綺麗な海、美しい夕日が見れる、みたいな、そういう風景と快楽主義が結びついて浮上してきた単語だと思うんだけど、その浮上してきたバレアリックって感覚が面白そうだねっていうことで始めて。今は特別、バレアリックっていうことは意識してないんだけど、2台のギターを基本として、その織りを追求したいっていうDSKとの対話をもとに、前作はライヴでの再現が出来なかったので、今回は現状のライヴに近いリアルなものにしたかった」
どちらの作品もフロアを意識したビートが排除されている一方、方向性は違えど、音の重層性に対するこだわりもまた2作品に共通している。
「自分の意識がシンプルだけど重層的に鳴っていて、下の層にある音が上に浮上したり、上の層にある音が下に潜ったりする音のレイヤー感に向かうのは、DJで培われた部分なんだろうね。DJの時に自分がチョイスする音も結構そういうものが多かったりするし、踊っている人もそういう部分に意識が持っていかれるのかなってことは考えたりするね」
彼はその他にも4人組バンド、SILVERSTONEを結成し、ライヴ活動も行っているほか、いよいよChari Chari名義の新作にも着手する予定ということで、2006年は井上薫のビッグ・バンが続々と作品化される一つの節目の年になりそうだ。
「DJ活動にバンド活動……今はホントに充実しているよね。そういう活動を通じて、新しい風景を切り開いて行きたいし、その両方の活動を高め合っていければいいなと思う」