06 11/27 UP
これは「トゥモロー・ワールド」ではない。「トゥディ・ワールド」だ。これを観た者はすべてそう思うだろう。
過去18年間、子供がひとりも生まれなくなった世界、というのは暗喩に過ぎない。テロが蔓延し、他民族を排除し、理想主義を排撃し、打算づくしで行動を決定しようとする輩に満ちた末法の世……つまり「今日」のはらわたをリアリズム以上にリアルに見せるための方便なのだ。
舞台となる2027年のイギリスは、ユートピアとは真逆の位相にある移民たちにとってのアウシュビッツ的国家。そのディストピアぶりは徹底されているとはいえ、街並みも、電子機器も、ファッションもほぼ現在と変わらず、音楽もピンク・フロイドやキング・クリムゾンが妙なエレクトロやショスタコーヴィチとともに響いている世界だ。
これみよがしな近未来意匠とは無縁にせよ、現実を異化するための文学的な手段こそが本来の「SF」であったということを考えれば、本作はまさしくSFの王道といえるだろう。たとえばスタンリー・キューブリックのSFがそうだったように……。120億円というとてつもない製作費を使いながら、徹底して妥協のないアルフォンソ・クアロンの異才ぶりはもはや突出している。
それにしても素晴らしいのがキャメラ。撮影監督エマニュエル・ルベツキは、今年のヴェネチア国際映画祭で技術貢献賞を受賞したけれど、それも当然。とりわけふたつのシーンでの長回しは、筆舌に尽くしがたいとてつもなき臨場感。とにかくインパクト勝負の色気あるシーンなので、ぜひ体感していただきたい。
ちなみに僕の本年度No.1作品であることを付記しておこう。必見。
Text:Milkman Saito
Photo:Jaap Buitendijk