これは「悪魔」にとり憑かれた男の物語である。……といっても、これはホラー映画ではない。ま、真逆というべき「聖」的な意識が同一人物のなかに同居しているところなど、「悪魔憑き」というオカルト現象の精神分析学的な一事例として見ることも可能なのだけれど、なによりもこれはまず、昨今続出する「伝説のアーティスト」に関するドキュメントなのだ。その人物はダニエル・ジョンストン。厖大な数のカセット・テープ・アルバムで知られる、人によっては「天才」と賞される人物だ。まぁ僕は彼の音楽を、その作品数にこそ気圧されてこれまできちんと聴いたことないんだけどね(笑)。
それにしても本作はかなり特殊。今や本職といっていいアウトサイダー・アート色濃厚な絵画、一般的には本職と見做されるシンガーソング・ライターとしての顔も追跡されるのだけれど、ダニエルの人生について何より雄弁に物語るのは、周囲の人々の証言なんかではなく、ダニエル本人の手によって保存されてきた、とんでもない量の“一次資料”なのである。
まずはダニエルが「監督」として撮った8mmフィルム。まったくのホーム・ムーヴィなのだが、かなり手慣れたアニメーション表現も含まれ、作品としてのスタイルもあってびっくりする。これだけで特集上映を組んでいいくらいの面白さだ。
そして画面いっぱいに映しだされるカセットテープ。記録された音声は、日記がわりの独白はじめ、母親の叱責(わざと怒らせてそれを録ったりしている)、固定観念化した片思いの“恋人”へのインタヴュー、とりとめもない宗教的妄想、果ては自由の女神に落書きして警察に掴まったときの実況等々。
これだけ「自分のもの」を溜め込むことじたい病的であるとはいえるのだが、事実、彼は病んでいて、後半生は入退院の繰り返しだ。その理由は、父母がキリスト教原理主義者であったせいなのか、躁鬱のくせにLSDに走ったせいなのか。「悪魔憑き」的な妄想は明らかに前者の色が濃いのではあるが、ダニエルが心に抱えた「悪魔」の正体はほんとうのところ誰にも判らない。彼の心に空いた仄暗く底知れぬ闇(あくまで仄暗いのだ。真っ暗ではないところがミソ)、それが観る者を得体の知れぬ不安に陥れるのである。