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THINK PIECE

東京フールズゴールド

日本の音楽業界を舞台にした、川﨑大助による長編エンターテインメント小説にして、
「90年代」、或は「渋谷系」への鎮魂歌

13 10/30 UP

photo: Kentaro Matsumoto interview: Akio Nakamata

「東京フールズゴールド」は、500ページを超える長編ながら、疾走感のある展開と抜群のリーダビリティで、
日本の音楽業界を舞台とした「一大エンターテインメント作品」として、まず楽しめる。
一方、「90年代」、そして「日本の音楽業界」への哀悼とリリシズムが隅々にまで脈打つこの作品からは、
著者ならではのある強いメッセージを読み込める。
処女作を上梓したばかりの著者である川﨑大助を訪ね、その想いを探る。

 

川﨑大助(かわさき だいすけ)

1965年生まれ。77年、12歳でロンドン郊外の寄宿学校に留学、本場でパンクロックの洗礼を受ける。
88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。
93年、発行人としてインディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、
編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。
2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に参加、同誌に短篇小説を発表。
これまでの著書に評伝『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』がある。『東京フールズゴールド』が初の小説著作となる。

 

薀蓄たっぷり「音楽マンガ」構想から一転、
ピカレスク風「音楽小説」へ
──
今回の『東京フールズゴールド』は川﨑さんの小説デビュー作です。川﨑さんといえば、1990年代の渋谷系ムーブメントを牽引した雑誌「米国音楽」の編集や自主レーベルのプロデュース、フィッシュマンズの評伝『フィッシュマンズ ──彼と魚のブルーズ』をはじめとする音楽ライターの仕事でよく知られています。その川﨑さんがとつぜん長編小説を上梓したので、驚いた音楽関係者も多いと思います。正直僕も、小説としての完成度に驚いたんですが、そもそもこれはホントの「処女作」なんでしょうか。
「ほんとに生まれて初めて書いた、正真正銘の処女作です。いままでやってきたライターとしての仕事は、小説を書くこととは本質的に違うので、『小説とはどう書くんだろう』と思いながら書きました」
──
単行本で500ページ超とかなり長い作品ですが、原稿用紙(400字)換算だと何枚ですか?
「ざっくりと千枚かな」

──
デビュー作がいきなり千枚(笑)。作品の詳しい内容についてはおいおい触れるとして、これは音楽業界を舞台とした、「一大エンタテインメント作品」ですよね。構想はどのくらい前からあたためていたんでしょうか。
「この小説の脇役の一人にフルタという音楽マニアがいるんですが、彼を主人公にして『美味しんぼ』みたいな、薀蓄たっぷりの音楽マンガの長編連載ができないか、というプランが2004年頃にあって、その原作の構想を練ったのが最初です。実際に構想にかけた時間は一ヶ月ぐらいかな」
──
フルタはいわばヘヴィリスナーの音楽マニアで、その特技を活かしてこの物語でも重要な役割を果たしますが、もともとは彼が主人公の音楽版『美味しんぼ』だったとは。そちらも面白そうな話ですが、実現しなかったわけですね。
「ええ、残念ながら。ただ、そのときに一緒にやろうとしていたマンガ家から、作品を作るときには『キャラ表』をつくるんだよ、とアドバイスされた。登場人物ごとに正面や横から見たところ、それぞれの身長などを描いて、キャラを固めてから動かしていくんだよって。それを聞いて、僕なりに『フルタとその仲間たち』という感じでキャラ表を作ったんです。そうしたら、そのマンガ家に『こんなに細かいキャラ表を見たのは初めてだ』って言われて(笑)。マンガの企画がポシャったあとで、そのときに煮詰めていたキャラクターをもとに小説を書こうとしたんだけど、マンガの世界観そのままを小説にすることはできないことに気づいて、小説にするためにスライドさせたんです。その作業に一ヶ月ぐらいかけました」

 

──
この小説は音楽業界を舞台にした一種の詐欺小説(コンゲーム)ですよね。主人公の丈二(ジョージ)は、渋谷系の時代に人気のあったあるバンドの元ギタリストで、いまは業界ゴロのようにして生きている。彼が大手レコード会社や元マネジメント事務所を相手に、大掛かりな詐欺を仕掛けるという話がメインとなっています。詐欺小説というかたちで音楽業界のことを書こうと思ったのはなぜですか。
「最初のプランをスライドさせて、丈二という元ギタリストの男を主人公に据えようと考えた段階で、『詐欺小説』というのはまず頭にあったんです。自分がよく知っている音楽業界を舞台にしたのは、いまの日本の『音楽小説』のうち、十作に一つぐらいしか認められない、大半は『冗談じゃないの、これは』という感じがしていたから。ロック・ファンの人だったら、皆そう思ってるはずですよ。なかには片岡義男とか村上龍とか、音楽をちゃんとわかっている小説家もいるけど、彼らはいわば特殊枠ですから。最近よく、田舎の女子高生がバンドをやってブルーハーツを歌うみたいな作品がいろんなメディアで出てきてますよね。でもそれらからは、悪いけど『バンドをやってる若者を微笑ましくみているオジサン』と、『騙されている子ども』の姿しか見えてこない。僕がずっと見てきた音楽の世界では、音楽のために死んでしまう人間が普通にいた。なんでそんなことするの、っていうぐらい音楽に打ち込んで、それゆえに短命で人生を終えてしまう人たちを僕は間近で見てきたんですよ。そういう破滅的なキャラクターを小説で描くなら、舞台は部活ではないし、アマチュア・バンドでもないだろう、と。自分が見てきたのは、音楽以外になにもやりたくない人たちだった。女に食わせてもらってる場合もあるけど、その多くは音楽でカネを儲けてやろうと思い、ロックスターになろうとして失敗している人たちです。そういう人たちのことを小説で描こうとしたら、カネというか、ビジネスの側面は絶対に外せないな、と思ったんです」
──
『東京フールズゴールド』は音楽をめぐる一種の経済小説ということもできますね。アーティスト契約や版権契約についてのディテールが具体的かつ豊富で、すごくリアリティがあります。
「おそらく多くの小説家が音楽を描こうとして失敗しているのは、音楽の世界がまさに『業界』であって、ビジネスの世界であるという観点があまりにも不足してるからだと思うんです。現場を実際に見ていないからだけじゃなく、想像力がないからなんですよ。犯罪小説の場合も、愉快犯のような人間を描く作家もいれば、家賃を払うカネのために罪を犯す人間を描く作家もいる。でもすぐれた作家は、やっぱりカネのところをしっかり考えている。懐に余裕があるときは罪を犯さないが、カネがなくなるとまるで『仕事』をするように罪を犯すような人間の描き方に重みがあるのは、それが一つの真実だからです。だからこそ、ルパン三世でもない限り世の中の犯罪者が奪うのは『現金』なんですよ。宝石とか絵を奪っても、あとの換金がたいへんだから(笑)。丈二のような男を主人公にピカレスク(悪漢小説)風に動かしていけば、音楽業界のカネの動きも描けるし、自分が見てきたような音楽のために死んでしまう様な人間たちのことも、磁石のように引き寄せて描けるんじゃないか、って。でも、そこから先は完全に自分の趣味全開で書きましたね」