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photo:courtesy ARATANIURANO text:Yoshio Suzuki
ベルリンと東京を拠点に活動する現代美術作家、西野逹。
観客を巻き込み、あっと驚くような大胆な仕掛けが組み込まれた作品は、一度体験するとやみつきになるとか。
3月から開催された「シンガポール・ビエンナーレ」で西野逹は、新作〈マーライオンホテル〉を発表。
限られた人しか観ることのできない新作を、「フクヘン。」こと編集者・鈴木芳雄がレポートする。
外国とか旅をしていて、立派な教会の尖塔の先に天使の形の風見鶏を見つけると、たいていの人は、ああ、なるほど。いいですね、って思うけど、それをお部屋のインテリアの一部にしようなんて思わないでしょう。
銀座のメゾンエルメスの屋上に、騎士の銅像があって、エルメスのカレ(スカーフ)を旗にしてなびかせていて、このオブジェを「花火師」というのだけれど、この花火師さんを夢見る少女の部屋にやってくる王子様です、なんて勝手なストーリーを作り上げたりなんてしないですよね。
これだけだと、なにを言ってるのかわからないかもしれないので、写真も一緒に見たり、最新作であるシンガポール・ビエンナーレ出品作品〈マーライオンホテル〉を例にとって見ていきましょう。
一連の作品を作っている(考えている)のはドイツ在住の日本人アーティスト、西野達さんです。
マーライオンホテルに泊まってきました。あの、シンガポールのシンボルの一つです。コペンハーゲンの人魚姫の像、ブリュッセルの小便小僧と並んで、〈世界三大がっかり〉のひとつだとも言われていますが。
シンガポールには夜中に到着しました。その日はエアポートホテルに泊まりました。エアポートホテルなのに、南の島のホテルみたいにたくさんのパームツリーに囲まれたプールがあったりして、ちょっといいところでした。朝になって、そのホテルをチェックアウトして、マーライオンパークに行くと、マーライオンは足場と仮設の建物に覆われていて、まるで「修復中!」という感じです。しかし、そのまわりには、20~30人の人たちが列を作っていました。観光名所マーライオンがマーライオンホテルに変わってしまっていて、それがシンガポール・ビエンナーレの作品のひとつ。アーティストは西野達さんです。10時から午後7時まで一般公開されていて、十数人ずつ、時間を区切って見学できます。夜は毎晩ひと組だけ宿泊できるのです。チェックイン時間は夜8時半、チェックアウトは朝8時半。公開初日には、シンガポールの首相、リー・シェンロン氏も訪れました。
確かに、これは見なくちゃ、中に入らないとマーライオンも見られないし、というわけで並んでいる。でも、僕は並ばないですよー、だって、今晩ここに泊まるんだからね、そのときじっくり見られるからね、と遠巻きにして、ビエンナーレの別会場に向かいました。
photo:Tatzu Nishi
さて、夜7時過ぎ、再びマーライオンホテルへ。空は深いブルーに包まれて、空には満月。この日の公開を終えて、清掃のスタッフがあわただしく出入りしたりしていた。8時を過ぎた頃にホテル従業員の制服を着たホテルマン&ウーマンが入って行き、いろいろと点検や準備をしている様子。僕は連絡を取り合っていたシンガポール在住の写真家と待ち合わせて、いよいよチェックインのため、階段を上ります。
ホテルとしてのオペレーションは近所にある、フラートン・シンガポールが委託されているのでサービスは一流です。スタッフは男性2名、女性1名。女性は日本人でした。建物には客室の手前にもう一部屋あって、そこにフロントができてます。パスポートを見せて本人であることを確認し、注意事項の書かれた紙を渡され、サインをしたり、話を聞きます。マーライオンはシンガポールの財産なので、決して傷つけてはいけないとか、チェックアウト時間は8時半で、朝食はフラートンまでお越しください、などなど。手続きが済むとスタッフは全員引き払っていきました。
部屋に入ると、マーライオンがど~んと真ん中にあって、その下にベッドが一つ。ふだんは口から水を噴き出しているのだけれど、当然、それは止まっています。こんな近くでマーライオンを見たり、触ったりしていいのかなぁとか思いながら、ソファに座って、用意されていたウェルカムドリンクをいただきます。フルーツベースのトロピカルカクテル。そのあとで、部屋の中をいろいろ点検すると、電気はきているけれども、テレビはない。電話もない。バスルームはなかなか快適なのがついていて、海側に窓があいている。お湯もちゃんと出る。カメラマン氏はあちこちの角度から写真を撮っている。僕もまだ使ってない状態のベッドを入れ込んだ写真などをいろいろ撮りました。
《The Merlion Hotel》2011 Singapore Biennale 2011 Singapore
photo:Tatzu Nishi
1時間ほどで写真撮影が終わったので、近所に食事に行きました。ホテルのキーは2つあって、一つは普通のルームキーで、もうひとつは全体の入り口用の電磁カードキー。チェックアウトまではそれらを使って、出入り自由というわけです。
ツイッターに画像入りで「マーライオンホテルなう」みたいな投稿をしたら、反応がたくさん返ってきました。「おもしろそう」というのが多かったけど、「そんなところ、怖くて眠れないよ~」というのものも。
実際には、けっこう普通によく眠れて、朝7時頃起きて、あーそうだ、マーライオンホテルに泊まってるんだと気がつきました。8時半にチェックアウトなので、慌ただしいのですが、この観光地のど真ん中、早朝くらいしか人がひけることはないので、この時間帯に外観の写真などを撮りました。もうすでにジョギングの人などがちらほら現れてきてるけれど。8時半に前日とは違うホテルスタッフがひとりだけやってきて、チェックアウトの手続きをしてくれて、歩いて、フラートンの朝食に向かいました。
これがマーライオンホテルの夜…なのですが、なんのためにそんなことをするのか? それは見慣れた観光名所をホテルに転換、変容させてしまう試みを現代美術的行為としてやってしまったというわけ。