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第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で監督賞を受賞した、黒沢清監督の新作。3年前に夫の優介(浅野忠信)が失踪してから、ピアノ教師として暮らしている瑞希(深津絵里)。ある日、突然優介が部屋の中に現れ、「俺、死んだよ」と告げる。生前最期の彼は、かなり追いつめられた精神状態だったらしい。しかし、いまはさっぱりした表情の彼に誘われて、瑞希は死んだあとに優介がさすらった土地を共に辿っていく。
これまでも黒沢清監督は『回路』や『LOFT』で幽霊を描いてきたが、本作はほとんど生者と死者の区別がつかない。肉体もあるらしく、色々な旅先で優介がお世話になった人々にも、幽霊が紛れ込んでいる。人によっては死んだ自覚もないまま、生前と同じ生活を繰り返していたりする。でもあくまでもホラーではなく、一度なくしてしまった愛を再びなぞって、心にけじめをつけていく物語だ。
浅野忠信は無表情な俳優なので、いつまた消えるかわからない不穏なニュアンスを醸し出す。失踪後、彼の行方を捜して、瑞希は彼の浮気相手だった朋子(蒼井優)にも手紙を出したことがあった。旅の途中で夫婦の感触を取り戻してきたとき、瑞希はつい彼が浮気していたことを責めるが、そこで優介が苛立ちを感じて遠ざかっていく気配が、恋愛の最中にもある不和を湛えていて不安になる。浮気を責められると逆ギレして、音信不通になるタイプの人がいるが、それがこの場合は生死を分け隔てるのだからたまらない。この浮気相手を演じた蒼井優のふてぶてしさも、モンスター的で女としてとても怖い。
山間部の農村で、優介が星谷(柄本明)という初老の男の元に泊まり、村の人々に勉強会を開いていた逸話も風変わりだ。誰にも死んでいると気づかれていない男が、大人や子供が一堂に集まった公民館で、量子力学を教えているのがいかにも黒沢清らしい。監督の『蛇の道』では、哀川翔が数学を教えていた。「泣ける話」や「イイ話」にまったく持っていかない点が安定の黒沢清であり、安心できる奇妙さだ。
深津絵里の寂しさや悲しみをこらえる姿が可憐だ。死別して、初めてわかることは当然ある。もしまた一緒の時間に戻れたら、今度こそは果たそうと思う悔恨はつのるものだ。でも普通はその思いは遂げられないし、復活という奇跡が起こっても、いずれは何かの形で別れの時がくる。満たされていても、満たされていなくても、ともかく愛する人を失うのは寂しい。そんな当たり前のことに、生者と死者が交わる不思議な世界観の中で、追体験により改めて深く向き合うことになる、切ない作品だ。
text: Yaeko Mana
「岸辺の旅」
監督:黒沢清
原作:湯本香樹実
脚本:宇治田隆史/黒沢清
製作:畠中達郎
キャスト:深津絵里/浅野忠信/小松政夫/村岡希美/奥貫薫
配給:ショウゲート
10月1日(木)より、テアトル新宿ほか全国ロードショー
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