honeyee.com|Web Magazine「ハニカム」

Mail News

百円の恋

百円の恋

「Hungry」と「Angry」の難しい時代にリングに上がること

14 12/17 UPDATE

なんという安藤サクラ! 公開中の主演映画『0.5ミリ』(監督は実姉の安藤桃子)での主人公・サワも見事だったが、本作における安藤サクラの存在感、熱量はさらに突き抜けている。この映画を観た少なくからぬ人間が『レイジング・ブル』のロバート・デ・ニーロを引き合いに出すだろうが、それはたんに題材が「ボクシング」で、ストーリー進行にあわせて彼女が体重を大幅に増減させているから、ということだけでないはずだ。安藤の、一子という主人公の演じ方、掴み方、抱きしめ方に、デ・ニーロに匹敵するほどの鬼気迫るものを感じざるをえないのだ。

一子は32歳、実家でニート生活を送っている。しかし離婚で出戻った口うるさい妹と取っ組み合いのケンカになり、家を飛び出し、一人暮らしを始めることになる。必要に迫られてありついたバイトは、100円ショップの深夜シフト。その行き帰りにたまたま通りがかったボクシングジムで、寡黙にトレーニングするボクサーの狩野(新井浩文)を見かけた一子は、彼に惹かれていく。

一子が初めてジムを覗くシーンで、壁に貼られた標語が時代を撃っている。「Hungry」と「Angry」。かつてのニューシネマやATGの若者たちと、本作に登場する冴えない女や挫折した男を峻別するポイントはここだろう。どん底がどん底にならない100円生活。何と闘えばいいのか。「勝利」はおろか、「敗北」という美学すら持てない私たち。政治もデタラメ、経済もボロボロ、それでも「Hungry」と「Angry」が難しい。

しかし、一子はリングに上がる。その一部始終を見届けながら、心は揺さぶれっぱなしだった。圧巻なのは一子を演じる安藤サクラだけではない。第一回「松田優作賞」グランプリとなった足立紳の脚本も、監督・武正晴の演出も、真っ向勝負である。とくにボクシングシーンは、『ロッキー』や『ボクサー』(寺山修司のほうの)といった過去のボクシング映画の傑作群に連ねても恥ずかしくない迫力だ。また、サビで「痛い」というフレーズが「居たい」に変わるクリープハイプの主題歌も素晴らしく、海田庄吾による劇伴音楽もまた、この映画のグレードを数段引き上げている。

選挙で政治にコミットすることも大事だが、それ以前に、やっぱり一人ひとりが一歩踏み出すことで世界をファンキーに組み替えていくことの大切さを思う。その弾みにもなりうる一本だ。

text: Joe kowloon

監督:武正晴
脚本:足立紳  
キャスト:安藤サクラ、新井浩文、稲川実代子、早織、宇野祥平、坂田聡、沖田裕樹
製作:間宮登良松
配給:SPOTTED PRODUCTIONS

12月20日(土)より全国順次公開

http://100yen-koi.jp/