13 8/05 UPDATE
この期に及んで新境地ですか、と驚くしかないのである。もう引退だ、なんてことを何度も繰り返し口走りつつ、こんなものを生み出してしまうのか、宮崎駿は。
まずこれは子供のための作品ではない。本質的なテーマとしてはともかく、今まで宮崎駿はさすが東映動画の魂を継ぐ者だけあって、「大人も楽しめる子供のためのアニメーション」を心がけてきたところがあって、そこから外れることはなかった。しかし今回はまるで盟友・高畑勲のスタイルを借りたかのような、「子供(ただし中学生以上)も楽しめる大人のためのアニメーション」。実在した人物・事物にかこつけて、宮崎駿自身のクリエイティヴィティについての直截的な想いを初めて吐露した映画なのだ。
蚊帳の中で眠る少年が夢を見る(その蚊帳、畳といったリアリスティックな美術にも目を見張る)。瓦屋根の上に置かれた、羽根のようなもののある飛行機に乗りこんで垂直上昇する少年。やがて飛行機は巨大な戦艦と出会い、その設計者カプローニと話をする。やがて少年が飛行機設計者・堀越二郎となってからも、ふたりは何度となく同じ夢を共有し、「設計はセンスだ、技術はそのあとでついてくる」「創造的人生の持ち時間は10年だ」「飛行機は戦争の道具でも商売のタネでもない」「飛行機は夢だ」等々、励ましとも箴言ともいえる言葉を受け取る。いわば「美しい飛行機の設計」という夢を共有する者同士が、眠りの夢のなかで時空を超えて交友するのだ。しかもその夢は現実の物語(といっても同時代の小説家、堀辰夫の作品世界と混ぜあわされたフィクションだが)と区別されることなく地続きに語られていく。まるでフェリーニが自らの少年期を虚実ないまぜで描いた『アマルコルド』('74)のように。こんな叙述法はいままでの宮崎映画にはなかったもの。もちろん宮崎駿は、過去作からも一目瞭然だが無類の飛行機マニア、本作では新式リベット(沈頭鋲)について詳しく語られたり、飛行メカニックの音が人声によるものだったりしてもはや有機物扱い。どうしても宮崎の姿を堀越二郎に重ね見ずにはいられない愛着だ。
この映画の夢は現実と同等にリアリスティックであり、現実は夢と同等にファンタスティックである。もっとも関東大震災から第二次世界大戦期が舞台だから時代は必ずしも明るくはないが、それでも美しい飛行機を設計しようと寝食を忘れる堀越像はとてもロマンティックだ。エリート設計者として三菱航空機名古屋製作所に赴任するなりいきなり即要員として仕事を任せられるのは、東映動画入社時から天才と認められた宮﨑を彷彿とさせる(となると、「創造的な10年」とは「ハイジ」から「母をたずねて三千里」の頃だったのかな?とか考えずにいられないが)。しかもここでの堀越はただの堅物じゃない、技術一辺倒な自分の心に"風を立て"た薄倖の美女・菜穂子との恋に生き、菜穂子も恋に殉じるんだから! (もちろんこれはサナトリウム小説の代表作、堀辰夫「風立ちぬ」とのミックスだが)
明らかに宮崎駿はこの点で、批判を恐れぬ描写を選んでいる。それはあの零式戦闘機の設計者である堀越二郎の「戦争責任」を追及しないこと。宮﨑自身、はっきり左翼的思想の影響下にあり、戦争反対・反改憲主義の映画人であることを考えても、これは冒険であったろう。とりわけエンディングのぶっ飛びかた、数年間の省略は、はっきりと「そのことはクドクドと描かない」という宮﨑の態度を示していて、爽快なまでの意思表明だ。いや宮崎は「なにも語っていない」のでは勿論ない。「美しい飛行機を作る」ことが「優秀な戦闘機を開発する」ことと直結するジレンマは、カプローニや同僚との会話で何度も語られているではないか。しかもエンディングの光景自体、堀越が「悪魔の機械」の開発に関与したことの自責の念をはっきり示しているし、「飛行機は呪われた夢だ」とのカプローニの台詞がそれを補強する。そもそも工学技術は戦争なしに発展しない運命。飛行機然り、ロケット然り、そして映画も然り。そもそも戦闘機マニアなのに戦争反対、とか矛盾した趣味嗜好はメカオタクには普遍的にあることだ。
ちょっと面白い描写がある。三菱航空の製造工場で作られた試作機は、なぜかいったん分解され、なんと牛車(!!)で飛行場まで運ばれるのである。なんだこれは。冗談か?
観終ったあと、ある新聞記者氏が教えてくれたのが「日本軍の小失敗の研究」(光人社)という一冊の本。その足で買いに走るとちゃんと一章を割いてある。著者の三野正洋氏も「工場の隣接地に滑走路を建設すればよい、という意見はまったく出なかったのであろうか」と書くが、ピカピカの新作機が名古屋の場合、飛行場まで40キロの非舗装路を十数時間かけて運ばれていたのだとか。なんという非能率! これじゃあ技術者は浮かばれないよな。ひょっとしてこれもジブリ設立の暗喩なんだろうか??
text: Milkman Saito
「風立ちぬ」
原作・脚本・監督:宮崎 駿
音楽:久石 譲、主題歌: 荒井由実
キャスト:庵野秀明、瀧本美織、西島秀俊、西村雅彦、スティーブン・アルパート、風間杜夫、竹下景子、國村隼、志田未来、大竹しのぶ、野村萬斎
製作年:2013年
製作国:日本
上映時間:2時間6分
配給:東宝
全国東宝系ロードショー中
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