12 6/06 UPDATE
年末恒例のベストテン選出で、昨年度、僕が日本映画の1位に置いたのは『洋菓子店コアンドル』だった。まあ、人によっては甘ったるいだけの作品にしか見えないものであるらしく、結構いろんなところで意外に思われたりもしたのだけれど、いや、自分としては奇をてらったわけでもなんでもない。あれこそ今の日本映画界とっておきの職人監督である深川栄洋の巧緻な映画的テクニックの精髄である、と感じるからなのだが。
その深川栄洋の新作『ガール』もまた、なんだかTVドラマじみた女子系ムービーと受け取られたって仕方のない売り方がされているような気がする。もっとも、映画もそんなイメージと大差ないところから始まるのであるけれど。
広告代理店に勤める香里奈はおしゃれが命。可愛い服を身に着け、慌ただしくクライアント先で奮闘する姿にかぶせて、「おしゃれが私に与えてくれるものがいかに大きいか」を延々と独白するのだ。いや、実にキャメラの動きは流れるように巧みなのだが、それ以上に香里奈のキラキラぶりがなんとも気恥ずかしくて仕方ない。
だがここは恥ずかしくて正解なのである。すぐ次のシーンで香里奈は友人たちから、「29歳でその服はもうイタくなりつつある」「いや、もうイタい」「ガールの潮時だ」とこっぴどく忠告されることになる。その友達とは彼女よりも数歳年上、三十代なかばのキャリアウーマン三人だ。
大手不動産会社に勤める麻生久美子は管理職に任命されたばかり。だが彼女より年上なのに部下となった男性社員(要潤)はあからさまに反抗的で、妨害まで仕掛けられ戦闘モードにスイッチが入る。家庭に帰ればオーディオマニアの夫(上地雄輔)がいるが、闘争心のかけらもなくマイペースな彼の優しさもいまは苛立つばかり。
文具メーカー社員の吉瀬美智子はもはや婚期を逃しかけ。恋愛も面倒くさくなり、家族と同居する家に帰ればスーパードライとマッサージ椅子の毎日だ。だがある日、ひと回り下のイケメン新入社員(林遣都)が配属され、彼女は教育係に。そしてあらぬ妄想の日々が始まるのだ。
離婚してから6歳の息子を女手ひとりで育てる板谷由夏は自動車メーカーの社員。「人生を失敗したと思いたくない、シングルマザーを言い訳にはしない」と毎日孤軍奮闘するものの明らかに息切れ気味だ。
香里奈とて、「女子とおしゃれを免罪符に使う女が大嫌い」と言ってのける女性クライアント(加藤ローサ)と猛対立。いっぽう、ぐっと年上なのに香里奈以上のキラキラフリフリ愛好者で、おっさんに媚び売っては仕事をもぎ取ってくる壇れいという強者の先輩もいるから、自分のガーリーな生き方への惑いは余計に深まるばかりだ。恋愛面では、昔からの友達男子(向井理)となんとなく付き合いはじめるたものの、およそおしゃれともキラキラとも縁がない超リアリストで、どうにもときめきようがなく......。
こんな4人の物語が同時進行で語られていくのだが、深川栄洋は彼女たちそれぞれに、持ち前の映画術をさりげなく駆使して、異なったカラーの見せ場を与えていく。向井理のあまりにも夢のないプロポーズに香里奈が幻滅する会話シーンの、引きとアップのタイミングのおかしさ。がんばりすぎる母親・板谷由夏に逆に気遣いをみせる息子との夕闇のキャッチボール。麻生久美子が実家へ訪問したときにみせる......というか演技らしい演技を見せずして"心の動き"を伝える静かな巧さ。一転、高飛車スーツで武装して宿敵・要潤との"決闘"に挑む麻生久美子はまさに荒野のガンマンだ。そして吉瀬美智子のエレベーター・タップ! ま、これだけじゃ何のことか判らんでしょうが(笑)かなりな名シーンといえるのではないだろうか。
もっとも深川栄洋のヒロイン映画としては、『洋菓子店コアンドル』の蒼井優のように最後までほとんど人間的成長がないという異様なキャラではないし、『白夜行』の堀北真希のようなピカレスクに徹するわけでもない。ラストでは自分の分にあった生き方を選ぶ、ごく等身大の女たちだ。おそらく観客層も意識したキレイな収めどころ、という職人監督的判断もあるだろう。
しかしこの映画、実は女性陣と拮抗するくらいに男性陣が揃いもそろってイイ。女性映画だからといって、決してオトコを添え物的に扱ってはいないのである。永遠に判り合えぬ、オトコという生き物とオンナという生き物の"闘い"を描くことが「ロマンティック・コメディ」、いやもっと正直に「セックス・コメディ」の本質といえるだろうけれど、本作はまさに、そうした歴史の上にある王道の「セックス・コメディ」なのである。
text: Milkman Saito
ガール
監督: 深川栄洋
脚本: 篠崎絵里子
原作: 奥田英朗
出演: 香里奈、麻生久美子、吉瀬美智子、板谷由夏、上地雄輔、要潤、林遣都、波瑠、加藤ローサ、向井理、檀れい
製作国: 日本
上映時間: 2時間4分/シネマスコープ/ドルビーSRD
製作: "GIRL"Movie Project
配給: 東宝
©2012"GIRL"Movie Project