11 12/02 UPDATE
ホントに、ごく稀なことなのである。たった一本の映画を観て、「これぞスタア誕生だ!」なんて確信するというのは。
昨年('10年)の東京国際映画祭で最初にコレを観たとき、僕はいきおい昂奮した。ジェニファー・ローレンス。なるほど、『あの日、欲望の大地で』('08)にシャーリーズ・セロンの少女時代の役で出ていた、と言われれば、間違いなくアレでも尋常じゃない存在感を示してはいたよなと即座に思い出せるのだが、いかんせんシャーリーズと同じ役とは誰もが信じられぬ、あまりの容姿の似てなさが足を引っ張った(笑)。でも本作はそんなつまらない要素が介入する余地もない。堂々主演、それも想像を絶する過酷で非情な境遇にあるヒロイン像に真正面から向かい合っているのだ。
「ヒルビリー」という言葉がある。音楽好きにはカントリーのいちジャンル......というか、そのルーツ的な音楽を指すだろうし、地勢的にはアパラチア山地およびオザーク山地に住むアイルランド系の人々のことをいう。痩せた土地ゆえ、歴史的に貧しい。もちろん今も極めて貧しい。それは社会的に、差別の対象となるに充分だ。しかも現在では覚醒剤の主要な供給元となっている。これはそんな地域を舞台にした、国家から見棄てられた人々の物語である。
そのうちのオザーク山地...アメリカ中南部、ミズーリ州の山村に住む17歳の少女リー(J.ローレンス)。痩せた林に囲まれたログハウスに住む彼女、現実の辛さに耐えられなくて精神を病み何もできない母親と幼い弟妹を抱え、ひとりで家を切り盛りしているが、飼っている馬の干し草さえ買えず隣人に譲るしかない始末だ。
そこに保安官がやってきてこう言った。「覚醒剤の密造で逮捕されたお前の父親が、保釈されたまま失踪した。保釈の担保は自宅と土地だ。来週の裁判に出廷しなければ、即座にこの家は没収されることになる」と。
リーは即座に言い放つ「私が父を探すわ。絶対に見つけてみせるから」。しかし彼女には当てなどない。ほとんどがリーの遠縁にあたる住民は、今じゃならず者ばかり。家族ぐるみでヤク商売に関わっているのだ。しかし怖いなどとは言ってられない。それぞれを訪ねたずねて父親の居場所を探るが、皆、見て見ぬふりをしている気配。ドラッグ漬けでいかにもヤバい空気を発散しまくる伯父(ジョン・ホークス)からは「探し回らないほうが身のためだ」とばかりに荒っぽく追い返されるが、やがて彼は重い口を開いて仄めかす。......「もうお前はこの世にいないよ」。
ここからのリーは、ほとんどハードボイルドの探偵像である。肉体的・精神的に非常な痛手を負うこと覚悟で、あえて真相を突き止めずにはいられない。守るべきもののため、自らの純真を犠牲にしてまでも社会の暗部・恥部にあえて足を踏み入れる。なにしろ彼女には決して侵すことのできないプライドがある。たとえば......向かいの住民がトレーラーハウスの前で鹿肉を捌いている。弟たちは「分けてもらったら?」という。確かにねだれば分けてくれるだろう。だがリーは厳しく言い放つのだ「卑しいマネはしないの」。
またリーは、いよいよ生死に関わる暗黒に足を踏み入れる覚悟を決めたのち、弟たちに「サヴァイヴァルの訓練よ」とリスの捌き方を手ほどきする。あの小動物を、食物とする方法を。どんなに飢えてもナイフひとつで、自分たちだけでなんとか生きていけるだけの術を。
こうしたクラシカルともいえるヒーロー像......それも社会の汚濁を熟知し、それに臆せず敢然と介入する......が、コワモテの漢でなく、17歳の少女によって体現されることに何より感動するのだ。彼女の一番の援軍となるのが、もっとも不穏で凶悪にみえる伯父であるというのもいいではないか。
果たして「ウィンターズ・ボーン」......「冬の骨」とはなにか。リーはそれを、傷つきながら、身も心も凍らせながら、いわば棄民たる自分たちの境遇を、骨の髄まで体感することとなる。
酷薄だ。容赦がない。しかしジェニファー・ローレンスの、揺るぎなく高潔で、現実をしっかと見つめる眼差しが観客をも鼓舞してやまないのである。まさしく「スタア誕生」とはこういうことをいう。
でも今回の場合、ちょっとばかし日本公開までの時間差があった。この作品でアカデミー主演女優賞にノミネート。その後『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』(私見ではシリーズぶっちぎりの出来である)で、若き日のミスティークの揺れ動く乙女心を繊細に表現し、すでにその才能をメジャー・シーンで知らしめているのだ。愉しみだ、というほかない。
text:Milkman Saito
原題: Winter's Bone
原作:ダニエル・ウッドレル
監督/脚本: デブラ・グラニック
出演: ジェニファー・ローレンス、ジョン・ホークス
制作国: アメリカ
映画
制作年: 2010年
上映時間: 100分
配給: ブロードメディア・スタジオ
http://www.wintersbone.jp/
TOHOシネマズ シャンテ他
全国ロードショー上映中
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