11 9/08 UPDATE
ジェーン・オースティンの『プライドと偏見』、イアン・マキューアンの『つぐない』と監督デビューから文芸作が続くこと2作。3作目の『路上のソリスト』も統合失調症の音楽家を描いた実話モノであったから、ジョー・ライトのことを物語性に重きを置くタイプの"ちゃんとした"映画監督であると思い込んでいた観客は、あまりの荒唐無稽さ、あり得なさ、恥ずかしさ、スカスカさにきっとひっくり返るだろう。
親ひとり子ひとり、フィンランドの氷原の山小屋で、元CIA特殊工作員の父親(エリック・バナ)から実践的な格闘術と多言語をひたすら教えこまれて育った少女、ハンナ(シアーシャ・ローナン)。下界とつながりのある情報は、百科事典とグリム童話だけだ。だが16歳になったハンナは自ら、母の仇であり標的である「マリッサ」への連絡ボタンを押して宣戦布告し下界に降りていく。マリッサ(ケイト・ブランシェット)とは凄腕のCIA捜査官。かつての父の同僚であり、ハンナの出生の秘密にも深く関わっているようで、それ故にハンナの抹殺を目論んでいる。殺るか殺られるかだ。ハンナは大胆にもCIAにわざと拘禁され、先にマリッサを仕留めようと企てるが......。
ま、こんなのが映画の導入部。アホである。なんのリアリティもない。既視感のある、あまりにもB級まるだしのストーリーには、裏読みできるほどのものは何もない。舞台もフィンランドからモロッコ、スペインからベルリンへとさしたる意味もなく飛びまくる。
だが、とにかくカッコいいのだ。もちろん、ハンナを演じるシアーシャ・ローナンは期待以上のキレの良さで、ガーリー・アクション好きとしてはそれだけで許せるようなものなんだが、それ以上に、構図が、リズムが、色彩が、音響がいちいちクールで痺れるのである。
マリッサが待ち受けるCIA支部(?)からして、もういかにも「CIA!」といった感じの、スパイ映画的美学そのもののデザイン。ハンナが逃げる地下迷路なんて、壁が幾何学の層になっていて、緊急事態を示すライトが白黒に点滅するたびに異なった模様を示す。ベルリンでのコンテナ置き場でのアクション、エリック・バナのベルリン駅ステディカム移動長回し4vs1格闘シーンなんて、ほとんど香港のジョニー・トー映画のようにスタイリスティックだ。
そう、ジョー・ライトの映画って、そうとうにテクニカル、カブキまくっているのである、実は。『つぐない』なんざ、物語のハードさで霞みがちなのだけれど(僕などは歌舞いたところばかりが焼き付いているのだが)、ダンケルク海岸のステディカム大移動長回しモブシーンの、ほとんど無意味な壮大さなぞちょっと息を呑むモノスゴさだった。また、タイピングの音や殴打音など、効果音がリズムとなって劇伴と渾然一体となり、それが映像を引っ張っていく、あえていえば「ミュージカル的」な手法もかなり斬新だった。
そう、この『ハンナ』、ジョー・ライトのそっち方面のこだわりだけで作っちまった映画なのである。今回も、父とハンナが棍(といえばいいのかな、棒による戦闘術だ)を合わすシーン。カン、カン、カンと氷原に響く音がパーカッションと化し、ハンナが練習する射撃の銃声と合わさってやがてリズミカルなテクノ・ミュージックになる。そんなジョー・ライト流の映画音楽術を受け、画面と不可分の音付けをしたのはあの(!)ケミカル・ブラザーズ。盛り上がらないワケがないでしょう。結局のところ、映画にとって物語なんて二の次なのだ、とつい口走ってしまうような「目の快楽派」には極上のご馳走、大スクリーン大音響で満喫するにしくはない。
text:Milkman Saito
原題:HANNA
監督:ジョー・ライト
出演:シアーシャ・ローナン、ケイト・ブランシェット、エリック・バナ、トム・ホランダー、オリビア・ウィリアムズ、ジェイソン・フレミング
音楽:ケミカル・ブラザーズ
制作国:アメリカ
制作年:2011
上映時間:1時間51分
配給:ソニー・ピクチャーズ・エンタテイメント
全国上映中!
http://www.hanna-movie.jp/
© 2011 Sony Pictures Digital Inc.All Rights Reserved.