11 9/06 UPDATE
男の子なら、いや誰だってきっと覚えがあるはずだ。「お父さん、ご飯の時にヒジ突いたらアカン!って怒るけど、そう言うジブン、いつも突いてるやん!」。...そんな些細な不満が積もり積もって子供は成長する。反抗期に至ると、いよいよ父親の行為の理不尽さに我慢ならなくなり、「このクソオヤジ、死んだらええねん......」などと心の底から憎んだりする。
38年間でたった5本、それでいて現代アメリカ映画界の巨匠と仰がれるテレンス・マリック待望の新作は、つまりはその程度の、ちっぽけな話である。でもタカをくくってると置いてけぼりにされる、狐につままれたような気分になること必至。むしろ最初から、壮大な"何か"を体験するつもりで観るほうがいい。
ジャック(ショーン・ペン)は、高層ビル上階の、空に囲まれたオフィスで遥かな記憶をめぐらせる。'50年代、テキサスの田舎町。「成功するためには力が必要だ」「善になりすぎるな」と事あるごとに説くビジネスマンの父親(ブラッド・ピット)、「神の恩寵に生きる者に不幸は訪れない」「利他的であれ」と説く信心深い母親。ある意味アメリカのふたつの顔を示すこの両親と、やがて生まれたふたりの弟と暮らした少年時代。それは常に子供の目線。包まれるような樹々のそよぎ、壁に映る光のゆらめきにさえ反応する、手持ちキャメラの過敏なタッチ。
視座が低いということは、何かモノを見ると自然に「空」を見てしまうということだ。幼年期はもちろんのこと、思春期になって自分でも制御不能な父への怒りに身悶えるようになっても、ジャックの目にはいつも「空」がある。空の向こうには神様がいる。神様はいつも僕たちを見ておられる。
...というふうに世界を捉えるのが欧米の文化というものだ。映画というメディアはそうした宗教的土台をあえて誤魔化しがちになるものなのだけれど、この映画は違う。コラージュ的な綿密さで全編に鳴り響くクラシック音楽もそうだが、肯定的であれ否定的であれ、あらゆる欧米芸術はキリスト教のうえに成立しているといって極論ではないのだ。そんなことを、これほど思い知らされる映画も少ないだろう。内観的な光のヴィジョンが挟まれるごとにいくつかのチャプターに分かたれたような構成も、おそらくは教会ミサ曲、とりわけレクイエムのそれに準じているようにも思われる。
そう、これはレクイエム。死者の魂が安らかであらんことを神に願う映画だ。でも現在のジャックがこの世から失ったのはあんなに憎んだ父ではない。亡くなったのは神を想う母であり、芸術的感性に恵まれた弟だ。なんと神もまた理不尽であることか。ジャックの脳裏に亡き弟がギターを弾く姿が浮かぶ。父親の弾くピアノとのデュオだ。そう父親もかつて音楽家を目指し、その挫折感を日々噛みしめながら生きていたのだ。ジャックは田舎に住む父親に電話をかけ、赦しを乞う。そうして彼は、悔悟に満ちた過去へ想いを巡らしはじめる。
しかし! この映画はそこからもとんでもなく跳躍するのだ!
そもそも「ツリー・オブ・ライフ=生命の樹」とは、エデンの園の中心に立ち、永遠の命を象徴する聖樹を意味するが、どこの土地にも、いつの時代にも転がってるような父子の相克が、なんと地球の始原から生命の誕生、海から陸へ、両生類から爬虫類へ、そして隕石が激突し、恐竜の滅亡を導き...と、ホント"どこまでいくねん"と心配になるほどメインストーリーそっちのけで宇宙的規模にまで拡がりまくるのだ!(そういえば1970年大阪万博の「太陽の塔」の中に設けられた、岡本太郎のプランによる巨大進化モデルも「生命の樹」と名付けられていたっけ。)そのヴィジュアルはほとんど『2001年宇宙の旅』のスターゲイト・シーンそのまんま。アレを創造したダグラス・トランブルが「スペシャル・フォトグラフィック・イフェクツ・スーパヴァイザー」として参加しているのだから正々堂々のオマージュである。
思わせぶり、針小棒大といってしまえばそれまでかも知れない。観客すべてが身につまされるような親と子のドラマになり得たのに、あえてそれを避けたような構成に疑問の声が上がるかも知れない。しかし、この大胆さがテレンス・マリックという作家の度外れたところなのだ。『地獄の逃避行』『天国の日々』『シン・レッド・ライン』『ニュー・ワールド』と、自然描写の美しさに加え、作品ごとに哲学性・歴史性・宗教性(キリスト教的なるものに限定されず、ある種インド的な死生観を感じさせもする)を深めてきた彼の行きつくべきところは此処だったのか。『ニュー・ワールド』に続き、二度目のコラボとなるメキシコの俊英エマニュエル・ルベツキの隙のないキャメラと超内観的なSFXシーン、それと膨大に引用されるクラシック音楽と微細な現実音をコンクレートしたサウンドトラック(ほとんどゴダール云うところのソニマージュだ)を身体ごとぐわっと浴びていただきたい。
text:Milkman Saito
原題:THE TREE OF LIFE
監督:テレンス・マリック
出演:ブラッド・ピット、ショーン・ペン、ジェシカ・チャステイン
制作年:2010年
制作国:アメリカ
上映時間:2時間18分
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
全国順次公開中!
http://www.movies.co.jp/tree-life/
© cottonwood Pictures, LLC ALL rights reserved.