10 12/08 UPDATE
「グランドホテル形式」といいますか、同時刻に起きた別の場所の、いくつかのエピソードが並行して語られる叙述法は、いまやまったく珍しいものではなくなってしまった。しかしこれって意外に難しい。当然のことながら、いかにもわざとらしく見えてしまうのだ。こんなのばっかり作ったロバート・アルトマンのようにアナーキーなまでの混迷の極みにまで達すればいいんだけど、やけに都合よく、最後には全員がつながりあってしまうような、たとえば『クラッシュ』のポール・ハギスみたいになると、ちとあざとさが勝っちゃうんだよね。
だがこの作品の場合、確かにあるシークエンスで「クロス」はするが、交じり合うことはないのだ。同じNYPD(NY市警)に属する3人の物語なのに、である。この三者の物語はそれぞれ、別々の映画として充分に成立するだけの内容があるが、それらが併行して描かれることで、物足りなさよりもなにか現代の巨大な暗部が浮き上がってくる仕掛けになっているのが巧い。監督は、ますます骨太な作風が板についてきたアントワーン・フークワ。彼の警察ものというと『トレーニング・デイ』があったが、あのストレートな理不尽さをさらに多面的な角度から検証してみた、といえる作品である。
まず一人目は、その『トレーニング デイ』にも出ていたイーサン・ホーク。すでに5人の子供を抱え、さらに双子を妊娠中の妻はハウスダストで肺をヤラレて臥せりがちだ。家族のため、新居を買いたいけど手付金も払えず、売人のアジトをガサ入れするたびに目の前に積まれた大金に心揺らぐ麻薬捜査官。なぜ子だくさんなのかといえば、彼はカトリックだからなのだが(背中いっぱいに大天使ミカエルのタトゥーを彫っている)、いかにマイホームパパとはいえ、売人たちを平気で殴るわ殺すわの非道ぶりは洒落になんない。
二人目はドン・チードル。長年ギャング組織の中枢に潜入しているアンダーカヴァーなのだが、あまりに親密に交わり続けて警察官としてのアイデンティティも混濁し私生活もボロボロ。足抜けしたいと上層部に請願しているが、逆に昇進と引き換えに、ギャングのボスではあるが彼にとっては"命の恩人"であるマブダチ(しょーもないB級アクションのヒーローじゃなく、久しぶりに"俳優"してるウェズリー・スナイプス)をハメろと強制される始末。
そして三人目がリチャード・ギア。目立った功績をあげたこともなく、定年まであと一週間の老警官。周りから腰抜けと罵られようが、トラブルにはなるべく首を突っ込まぬのが生き抜く智恵。とはいえ、毎朝目覚めると拳銃を口に咥える自殺願望者でもある。唯一の愉しみといえば、チャイナタウンの自室で躯を売る馴染みの黒人娼婦とヤること。美しい彼女はいつも「パパ〜」と甘えた声でなついてくれるのだ。古くは『背徳の囁き』最近では『消えた天使』さらに『真実の行方』も加えていいと思うが、ギアの出演する警察映画といえばなぜかすこぶるダークでハード。彼の役柄もかなり病んでるヤツばかりで、今回もその期待(笑)を裏切らない。
直接の繋がりはないこの3人だが、なんと強盗目的の警官に黒人少年が撃たれる、というとんでもない不祥事で暴動寸前の低所得者アパートを軸に、"偶然にも"交差することになる。機能不全を起こした「組織」に属すること、その不毛すぎる虚しさに身悶えながら、やがて思いもかけなかった行動(それは各人にとって必然的な「正義」なのかも知れないが、きっかけはおそろしく偶然である)へと否応なく引っ張られていくのだ。だが、いずれにしろ不毛は不毛。幕切れに至ってあなたに迫る、もはやこの世の人ではないギアの表情を見ればいい。
ちなみにこの映画最大の「悪役」といえば、チードルの上司であるデスクワーク捜査官エレン・バーキンと、彼女の言いなりになってる副所長ウィル・パットン。このふたりの組織人間っぷり、階級差別主義者っぷりは、クリシェを超えて相当に憎々しい。なるほど、本作の原題は「ブルックリンの最高な奴ら」。辞書を引くとずばり「ブルックリンの警官」という意味にもなるようだ。もちろん、コレが皮肉であるのは明らかでありますね。
text:Milkman Saito
『クロッシング』
監督:アントワーン・フークア
脚本:マイケル・C・マーティン
出演:リチャード・ギア、イーサン・ホーク、ドン・チードル、ウェズリー・スナイプス、ウィル・パットン、エレン・バーキン
原題:Brooklyn's Finest
製作国:2008年アメリカ映画
上映時間:132分
配給:プレシディオ
全国大ヒット公開中
©2008 BROOKLYN'S FINEST PRODUCTIONS, INC.