10 11/15 UPDATE
『イブラヒムおじさんとコーランの花たち』、『地上5センチの恋心』......これまで日本に紹介された2本の映画がどちらも異彩を放ち、その異才ぶりを(って洒落じゃないんだけど)を示していたエリック=エマニュエル・シュミット。なんでもフランスを代表する劇作家・小説家と呼んで然るべき人物らしいけれど、上記の2本にしたって、少年映画あるいはラヴ・コメディといった出発点から、最終的にはもっと別の、いわば宇宙的・汎宗教的な死生観へと辿りつくといった作風は、なかなかに感嘆せしむるものだったのである。
『地上5センチ〜』に続く自作・自脚色・自監督による本作もまた同様の仕掛けが用意されている。邦題だけでは何の映画なのかほとんど判らないのも同様だ。でも原題はもう少し直截的で「オスカーとピンクの服のレディ」。オスカーという少年と、ピンクの服を着たおばさんの話ってわけ。この原作もまたベストセラーで......というか、フランスでは160週にわたって売上リストにランク・インし続けたというバケモノ級の小説らしい。ま、いってみれば発端は、明らかに難病ものにジャンル分けされる類いのものだ。しかし、かれは彼の美質であろうが、微塵もお涙頂戴に走ろうとしないのが素晴らしい。
オスカーは小児病棟に入院している10歳の少年。可哀想なことに彼は、白血病で余命いくばくもないのだ。しかし両親は、その真実を息子に告げられないでいるくせに、目の前に迫った死が恐ろしくなったのか明らかに腫れ物を触るような態度をとりはじめる。またオスカーは病院の医師や看護士にもさまざまないたずらを仕掛けてみる。けっこう手ひどいコトやったんだけど、医師たちにしても少年が長く生きられない事を知っているから強く怒ったり罰したりしない。大人たちは、自分たちのそんな臆病なふるまいが、かえってオスカー自身に余命の長くないことを示していることさえ気づかないのだろうか。ほとほと幻滅したオスカーは、次第に誰とも会話を拒むようになっていった(これが初の大仕事となる子役のアミール君、これがまた巧いのだ)。
でもただ一人、オスカーに率直に接してくれる人がいた。いつも真っピンクな衣裳で病院に現れるデリバリー・ピザの女主人・ローズ(ルコント、セロー、ヴェベールといったフランス喜劇の名匠に愛されてきた名女優ミシェル・ラロック)。自称・元女子プロレスラーで、愛とか優しさとか思いやりなんてことが大嫌いな口の悪いおばさんである。オスカー君の辛さを察する老院長(80歳を過ぎてますます活躍、国際派俳優の先達マックス・フォン・シドー。ラストで泣かせてくれます)は、そんなローズに「大晦日までの12日間、毎日オスカーに会って話し相手になってやってくれないか」と頼みこむ。恋人にさえセックス以上の関係になることを拒み続け、人との深い関わり合いを避けてきたローズである。もちろん慈善行為も病人も大嫌いなワタシがなんでそんなことを、と断るが、毎日のピザ配達を交換条件に出されてしぶしぶ引き受けることになっちまった。
翌日からローズは、ピザ配達のついでを装ってオスカーの病室を訪ねはじめる。話のネタはプロレスラー時代の奇想天外な試合の数々。サーカス顔負けのとんでもなさ(実際にシルク・ドゥ・ソレイユの元監督が振付しているらしい)に笑い転げるが、院長との約束は12日間だとローズはつい口を滑らせて、オスカーは自分の余命がその程度だと勘づいてしまうのだ。
そこでローズは苦しまぎれの口から出まかせ、年末の12日間で来年の天気を占うという故郷の風習を持ち出して、これから1日を10年と考えて日々を過ごしてみないかと勧めてみる。「オスカー、君は今朝生まれて、12日後には120歳になるんだよ」と。また、「思った事を神様あての手紙に書いて、毎日空に飛ばせばラクになるよ」とまた口から出まかせ。退屈まぎれに手紙を書いたオスカーだが,風船にくくって空へ飛ばすと、ホントにちょっと心がラクになった気がした。
翌日、実年齢10歳のオスカーは、これから体験することはないであろう10代のできごとを、たった一日で"体験"することになる。思春期を迎えた彼は同じ小児病棟に入院している女の子ペギーに愛の告白をしたり、でも邪魔が入って失敗したり、ひょんなことから別の女の子とはじめてのキスをしたり、はたまたペギーに再度アタックして晴れて恋人どうしになったり。その3日後、40代になったオスカーは、ペギーに別の女の子とキスしたことを責め立てられ、浮気者と罵られて離婚の危機が訪れ、そんな試練のあとでまた復縁したり。
そんなふうにまるで長い人生を濃縮したような12日間をオスカーは生きていく。やがて老年期を迎えた6日目には、身体もとうとう動かなくなってしまう。神様への手紙もどこか悟りの色彩を帯びはじめ、祈りの空気が濃くなっていく。
そして......12日間の人生を過ごしてついにオスカーに来るべき日がやってくる。少年とともに12日間を送ったローズにも心のバリアに変化がみえはじめる。やがてオスカーに訪れるのは世界との和解。アートマンとブラフマンがひとつになる境地なのか......。
12日で120歳。この奇想ともいうべき物語に寄り添い、華麗に、流麗に、かつ劇的に盛り上げる音楽がまた凄い。なんと巨匠中の巨匠、ミシェル・ルグランなのだ! 手を変え品を変え、さまざまなアレンジを駆使したオーケストレーションがまるでミュージカル映画のように耳を奪い、さすがの仕事と思わせる。なんせ最初はオーケストラのチューニング音からはじまる映画だからして、まさに彼の音をこそ聴くべし、ってことでもあるのだ!
text:Milkman Saito
『100 歳の少年と12通の手紙』
監督:エリック=エマニュエル・シュミット
脚本:エリック=エマニュエル・シュミット
音楽:ミシェル・ルグラン
出演:ミシェル・ラロック、アミール、マックス・フォン・シドー、アミラ・カサール、ミレーヌ・ドモンジョ
原題:OSCAR AND THE LADY IN PINK
製作国:2008年フランス映画
上映時間:105分
配給:クロックワークス/アルバトロス・フィルム
TOHOシネマズ シャンテ他にて全国公開中
© 2008 Pan-Européenne-Studiocanal-Oscar Films-TF1 Films Production-Cinémaginaire-RTBF (Belgian Telecision)