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『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』

『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』

石油と教会が米国の二大巨悪だと言わんばかりに、両者の繰り出す人心掌握の手口と、バトルが本作の通奏低音。

08 5/01 UPDATE

静謐な山々に不気味に響く弦楽の不協和音。その山の下で憑かれたようにひとりっきりで黙々と坑を掘りつづける男は、硬い岩盤にツルハシを振り下ろす。そのたびに散る黄色い火花、そして硬い金属音。そのリピート。……またしても不協和音。事故で片足に大怪我を負いながらも、ある日、ついに彼は光るものを発見する……「金だ」。

冒頭から十数分、映画には“音響”のみで台詞なし。この先160分間、ぜったいに幸せなことなんて起こりっこない!……と観客に覚悟を迫るかのようなこの不協和音は、近い音域の音を一斉に鳴らすトーン・クラスターと呼ばれる手法。20世紀の作曲家ペンデレツキやリゲティが多用したものだが(本作ではなんとレイディオヘッドのジョニー・グリーンウッドが驚くべきスコアを担当。一曲一曲が物語のチャプター代わりになっている!)、ここで思い出すのは同様の、極めて挑戦的なプロローグを持った『2001年宇宙の旅』だろう。

あの映画でモノリスに触れた猿が武器を持ち、別の命を殺し血を流して、やがて宇宙さえも掌握しようとしはじめたように、“その男”ダニエル・プレインヴューは金から油田へと欲望の的を移し、アメリカ有数の石油王へと成り上がっていく。ごく限られた側近と“家族”だけしか信用せず(しかも彼らとはやがて最悪なかたちで関係をブッた切り)、油脈を潜ませた土地の人々を搾取しながら、よくある新興成金のような奢侈劣情酒池肉林には脇目も振らず、ただひたすら財力と事業の拡大に邁進していくのだ。こりゃもはや金の亡者というだけでは説明がつかない、誰にも感情移入不可解な怪物へと成り果てていくのだ。

ここで多くの人が思い出すのが、作者自身“怪物”であったオーソン・ウェルズの『市民ケーン』。でもあの新聞王には、幼年期の想い出にまつわる「バラのつぼみ」という“人間的”なよりどころが人生の最期に残されていた。かろうじてそれで観客はホッとするわけだ。

またたとえば『ジャイアンツ』で典型的な石油成り上がりとなったジェット・リンク(もちろん演ずるはジェイムズ・ディーン)。しかし彼は晴れの舞台で大泥酔してぶっ倒れ、後の人生の暗雲が暗示されはするものの、そこには一途に想い続けた高嶺の花への思慕があり、つまりはおそろしくメロドラマ的=“人間的”であった。

でも本作には「バラのつぼみ」も美女もない。そもそも、プレインヴューが唯一信頼を置く(というかトラウマを思わせるやりかたで頑迷に執着する)“家族”にしたってすべてはフェイク、ニセモノなのだ。

こうした周到に張り巡らされた皮肉のせいか、主人公はおそるべき自意識のカタマリ、誰にも感情移入不能な人物ながら、どこかオカシいし憎めない。それはどこか、僕らが「アメリカ」に抱く感情に似てやしまいか。

そう。プレインヴューははっきりいって、20世紀アメリカのメタファーなのである。ギガンティックな推進力活動力。愚直なまでにストレートな侵略欲。しかも彼の不倶戴天の敵は大手石油会社なんかじゃなく、富よりも信仰で内なる神の国を築こうと(少なくともオモテ向きは)のたまう説教師なのだ!。

石油と教会。このふたつがアメリカの二大巨悪だと言わんばかりに、両者の繰り出す人心掌握の手口と、果てしなきバトルが本作の通奏低音。この映画のラストには誰しも唖然とし、首を傾げるか、あるいは大爆笑するにちがいない。そこがさっすがポール・トーマス・アンダースンなのですね。彼は撮影前に自分が参照した映画をスタッフ一同に観せるほどのシネフィル映画監督 (もうひとりのそんなタイプ、タランティーノともマブダチである)。であるからこそ、ウェルズやらスティーヴンスやらキューブリック(今回おそらくスタイルが一番近い)やら、はたまた亡くなる前に正統的後継者と本人から認められた格好になりエンドクレジットで本作を捧げるアルトマンやらの築きあげた“もうひとつのアメリカ”映画の歴史に臆することなく、いっそう大胆な作品を作り上げてしまった。

いやぁ、いくらあっても語り足りないのだ、この作品。アカデミー主演男優賞獲得も万人が認めるダニエル・デイ・ルイスの怪演はもとより、ポール・ダノ(教会側代表)や子役のディロン・フレイジャー&ケヴィン・J・オコナー(“血族”側代表)らのたたずまいも一筋縄ではいかない。とにかく観てビビっておくれ、と申し上げておきましょう。

Text:Milkman Saito

『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』

監督・脚本:ポール・トーマス・アンダーソン
製作総指揮:スコット・ルーディン
出演:ダニエル・デル=ルイス、
ポール・ダノ、ディロン・フレインジャー、
キアラン・ハインズ、ケヴィン・J・オコナー
2007/アメリカ
原題:THERE WILL BE BLOOD
上映時間:158分
配給:ウォルト ディズニー スタジオ モーション ピクチャーズ ジャパン

http://www.movies.co.jp/therewillbeblood/

シャンテシネ他 G.W.ロードショー

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