16 9/14 UPDATE
手にすることに喜びを憶える、見事なる一冊だ。本書は、この地球上に棲息するあらゆるネコ科の動物を網羅し、分類し、その生態や行動について綴っていったもの――と言うと堅そうに感じるかもしれないが、それは違う。なにしろ、写真がとてつもなく素晴らしい!のだから。これだけでも一見の価値がある。あなたが見たことのない「野性のネコ」の躍動が、きっとこのなかにある。それらをフルカラーで知ることができる、世界のネコ科動物大図鑑、その決定版と呼ぶべき一冊が本書だ。
本書の最大の美点は、登場してくるすべてのネコの生存状況が簡潔に示されていることだ。レッドリスト掲載の絶滅危惧種のネコも、数多く紹介されている。分布図も添えられている。彼ら彼女らの種の存続のために、人類はいますぐに滅びたほうがいいんじゃないか、という考えが僕の頭をよぎる。写真を撮ったテリー・ホイットテイカー、2人の原著者および日本語版監修者の今泉忠明は、それぞれ斯界にその人ありと謳われた、野生動物やネコ科動物の専門家だ。この本によって僕は、自らのネコ知識が、ベイキャット系統全般とサビイロネコに対してじつに貧弱だったことを自覚させられた。これからさらに学んでいこうと考えている。
難点と言うほどではないのだが、邦題に僕はすこし引っ掛かりを感じた。原題は「野性ネコの本:ネコについてあなたが知りたかったことのすべて(The Wild Cat Book: Everything You Ever Wanted to Know about Cats)」だ。美しい、という語はどこにもない。この語が入ることの日本における営業上の利点については、僕も想像できなくもない。しかし、であるならばせめて「世界の野性ネコは美しい」とはならなかったものか。和文タイトルとして通りが悪いことを承知で、そう思う。なぜならば、いま日本に氾濫するネコにまつわる写真商品の大多数が、あからさまなポルノグラフィーと言うほかないものだから、本書がそれらと混同されてはいけない、と強く感じるからだ。
フード・ポルノ、という言葉が英語圏にはある。たとえば、レストランで供された料理を携帯で撮影し、SNSにアップするという一連の行為のなかで、食べものが「おいしそうに見えるその有様」に過度に執着するような視線とは――そこにひそむ欲望の質とは――いわゆる性的な意味合いでのポルノグラフィーを好むような心理状態と、ほぼまったく同じではないか、という批判的考察からこの言葉は生まれた。だから近年の日本によくある、ネコの身体的一部分(蹠球など)をことさらに接写してみたり、外部生殖器の一部に着目したり、という行為の果てに生み出されたネコ写真は、正しく「キャット・ポルノ」と呼ぶべきだろう。いかにそれが「かわいく撮れた」ものであっても、そこには基本的になんの美もない。対象への敬意を欠くからだ。美を虐げ、組み敷いて、観る側の獣欲に奉仕するためだけの奴隷的存在へと堕落さしめるのが、ポルノというものの典型的なメカニズムだからだ。ネコをその素材とした写真を、どうやら、かなり多くの日本人が好んでいるようだ。
言うまでもなく、そんなものと本書はなんの関係もない。この本を開いて最初に知ることのひとつは、人の思惑など一切関係ない地点にそびえ立つ、毅然たる美の存在と、そのありかただ。あらゆるネコは本来的に美しい。あらゆる野生動物、あらゆる自然の造形、人の手が及ばぬ現象のすべてに対して、畏敬の念をもって接するときに、打ち震えるような「本源的な美への感動」が、我々人類の胸のなかに去来する――こともある。本書のなかにおさめられた数々のネコは、そんな種類の美と崇高さを、まったくなんの気なしに、その生命が存続するかぎり体現し続けている。
text: DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)
「世界の美しい野性ネコ」
フィオナ・サンクイスト、メル・サンクイスト 著
今泉忠明 監修
(エクスナレッジ)
2,800円[税抜]