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「図説 イギリスの歴史(ふくろうの本)」増補改訂版

「図説 イギリスの歴史(ふくろうの本)」増補改訂版

「流れ」でイギリスの歴史を通覧してみることができる一冊。

16 8/23 UPDATE

TBSラジオの荻上チキさんの番組を始め、ここのところの僕は、「ブレクジット(Brexit)の意味とはなにか?」というお題について解説をする、という体験が幾度かあった。そんなときに僕が話すのはおもに、「音楽を中心とした大衆向けの文化風俗的見地から」離脱に一票を入れた人々の内実に思いを馳せてみる――というものだった。なぜならば、どうにもこの視角が、ここ日本では無視されていると感じられたからだ。「彼ら彼女ら」の心中に内在しようとする努力なくして、いったいなにを語るのか? 僕にはまったくわからないのだが、どうやら日本では、「離脱派」の人々を怪物視する言説だけが世に広がっていたように、僕の目には映じていた。まるでそれが、なにかのマナーか、プロトコールでもあるかのように。天下国家を、国際的な政治経済や歴史のうねりを「大所高所から」見ていくためには、そんなイギリスの土民の、地べたに這いつくばっているような奴らのことは、一切振り返ってはならない――なんて、そんな強迫観念でもあるかのように。

きっとそれは、あったのだろう。つまり、「強迫観念」というやつが。「本当はイギリスのことなんて、なにも知らない(英語もできないんだし)」という不安がじつは心のうちにあって、それを隠すために、妙な言いがかりを「離脱派」の庶民の上に投影してみる、とか、そんなメカニズムがあったのではなかったか? 「連合王国」の起源をどこに求めるべきか「知らない」から、ノルマン・コンクエストの顛末も「よくわかってない」から、ウェストミンスター寺院のエドワード王の椅子の台座のなかになにが入っていたのか「知るわけもない」から......つまりこんな、イギリスの庶民にとって「常識以前」のことですら、一切合切「なんにも知らない」からこそ、躍起になって「離脱派」に難癖をつけていたのではないか、というふうに、僕には思えてしょうがなかった。

といった人々に一気に差をつけるためにも、ぜひハニカム読者には、本書を手に取ってもらいたい。「数千年の歴史を一気に読み解く!」との惹句には、さすがに僕も「それは言い過ぎだろう」と当初思ったのだが――じつはかなり、本当だ。豊富な図版と、コンパクトに要点を絞った「記事」のつらなりによって、まさに「流れ」でイギリスの歴史を通覧してみることができる、ムックのような一冊がこれだ。02年に発売された初版に、さらに増補改訂を加えた、昨年発売された新版が本書となる。たった159ページで、「ケルト以前」からウィリアム王子の結婚まで、「ざっくりと」とらえ直してみることができるのだから、この効率のよさはただごとではない。受験生にもいいかもしれない(イギリスの歴史ばかり詳しくなってしまうかもしれないが)。とても読みやすく、かつ、楽しめることは僕が保証する。

そもそも明治期の日本の支配層は、「あるべき国家像」の範の、かなり大きな部分をイギリスに求めていた。植民地もまだないうちから「大日本帝国」なんて名乗り始めたのは、「大英帝国」に倣ったつもり、だったはずだ。とはいえ、みなさんご存知のとおり、かの国を「イギリス」なんて呼んでいるのは、地球上で日本だけだ。そしてこの呼称ははっきりと「誤訳」と「誤解」にもとづいている。同国の今日の正式名称は「グレート・ブリテン及び北アイルランド連合王国」だ。それをまるで「イングランドが連合王国そのものであるかのように」最初に誤解してみた上で、なにやら訛ってみた呼称が「イギリス」なのだから困ってしまう。しかしなぜイングランドがイギリスなのか。かつては「えげれす」と呼んだそうだ。だから僕は、こんなシーンを想像する。

むかしの日本に、「イングランド人」がやってくる。そこにいた日本人がイングランド人に、どこから来たのか?なんて聞く。イングランド人は、聞かれたことがよくわからないながらも、「I'm English」と答えてみる。すると日本人はそこで「国名を教えられた」と思い込んでしまう。だから「おおそうか、『えげれす国』から来なすったかあ」なんて言って納得して、「耳で聞いたその音」が国名そのものである、と勘違いしてしまう......どうだろうか? アメリカ人が「I'm American」と答えたのを聞いて、「おおそうか、『めりけん国』から来なすったかあ」と誤解した、なんて故事もあったのだから、僕のこの説、「誤訳から始まった『イギリス』という呼称」には、ある程度の信憑性がある、ような気がするのだが......。

と、そんなわけで、日本の支配層というのは、むかしもいまも、そして未来も永劫にずっと「いい加減で出来が悪い」ことだけは間違いない。だから前述のように「じつは恥ずかしいから」、陰に回っては離脱派の英国庶民を見下しては悦に入っているのかもしれない。まことに非生産的だ。本書を読んだあなたは、そんな奴らよりもずっと豊かで深い教養を得ることができるだろう。言うまでもなくそれはきっと、とてもいい気分のはずだ。

text: DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)

「図説 イギリスの歴史(ふくろうの本)」増補改訂版
指 昭博・著
(河出書房新社)
1,850円[税抜]