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ポテト・ブック

ポテト・ブック

「遊び心をもって」新しい生活文化を構築していく際の参考書。

15 7/28 UPDATE

これが復刻されていることに、つい最近まで気づかなかった。まさか、書店の料理書の「各種野菜」のコーナーに棚挿しされているとは。本書をレシピ集ととらえたならば、それもあり得るのだろうが......たしかに、シャガイモのレシピはいっぱい載っているから、間違いではない、のだが......。

本書のオリジナル版は、まずアメリカで1973年に出版された。そして(実用性も兼ね備えた)一種のユーモア本として、ベストセラーとなった。日本版が発行されたのは76年だ。ブックマン社から刊行されたそれが、仕様まで含めて、ほぼ全面的に完全復刻されているものが本書だ。その内容なのだが――こう言えば、わかりやすいかもしれない。片岡義男訳で驚異的なロングセラーとなった一冊『チープ・シック』(77年刊・草思社)と同様、「遊び心をもって」新しい生活文化を構築していく際の参考書となり得るガイドブックが本書なのだ、と。『チープ・シック』はもちろん服飾で、こっちは「食」をつうじて、四角四面な社会制度のあれやこれやから、個人が「自由になっていく」ためのアイデアを得ることが主眼となっている。なにしろ、翻訳者が伊丹十三なのだから、「たんなる料理本ではない」ことは一目瞭然だろう。さらには、序文はトルーマン・カポーティで、レシピなどに添えられた(大量の)イラストは、なんとあのプッシュピン・スタジオの面々が手掛けている!――そして日本版では、表紙のイラストを描いているのは矢吹申彦だ(彼はこの復刻版に、書き下ろしエッセイも寄せている)。だからたとえば、こう言うことができるかもしれない。ジョン・レノンがまだ生きていたころ。生きて、まだ主夫状態で、軽井沢をよく訪れていたような時代の空気が、隅々にまでいきわたっているような一冊がこれなのではないか、と。

それにしても、なぜポテトなのか?――本書のなかではこんな説明がなされている。アメリカのとある私立学校が奨学金の資金を得るためにあれやこれや考えていたとき、ふと「学校のまわりにポテト畑がある」ことに思いが至り、それで浮かんできたアイデアが本書になった......という、どこまでが本当かわからない、ユーモラスなとっかかりから本書は生まれたそうだ。ちなみに著者のマーナ・デイヴィスは、プッシュピン・スタジオの一員だったイラストレーター、ポール・デイヴィスの奥方でもあった。だからおそらくは制作陣のみんなの、和気あいあいの関係性のなかから、この一冊が手作りされていったのだろう。きっとポテト料理を片手でつまみながらの。

レシピそのものも「その手があったか」と感嘆させられるひと皿が多数収録されている。日本は明らかに、絶対的に、「ジャガイモ後進国」なので、家庭料理の観点からも学ぶところ大のはずだ。百年一日のごとく肉じゃがなんて作ってる場合じゃない。また、ひとつの「モノ」として、本書は装丁もサイズもいい感じなので、贈り物にも適しているかもしれない。そんな、大人のための(あるいは、ヤング・アダルトのための)楽しい一冊が本書だ。

text: DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)

「ポテト・ブック」
マーナ・デイヴィス著 伊丹十三 ・訳
(河出書房新社)
2,100円[税抜]