14 9/24 UPDATE
本書が圧倒的に素晴らしい一冊であることの、まず第一の理由は、ほとんどの記述が英語と日本語のバイリンガルであることだ。書店では英語教育用の書籍コーナーに並んでいることもあるようだ。しかしこれで英語がうまくなるのかどうか、僕にはわかりかねる。ただ、読んで面白いことは保証する。
本書の英題は「Quotes From Literature」。直訳すると「文学からの引用文」、つまり、それこそ「文学作品」の導入部などに、エピグラフとして置かれるような「過去からの引用文」、これを文学の名作からピックアップしてみよう、というのが本書のコンセプトだ。対象となる作品の範囲は、英語文学を中心として、だれもが知る古典的名作の数々から。作家名を順不同に記していくと、ジョイス、ディケンズ、コナン・ドイル、H・G・ウェルズ、シャーロット・ブロンテ、シェイクスピア、ジェーン・オースティン、マーク・トウェイン、オスカー・ワイルド、ヴァージニア・ウルフ、O・ヘンリー......と書いていくと、「読んだことがある」という人も多いだろう。しかし、あなたが読んだのは「邦訳されたもの」ではなかったか? ここに収録されている「引用文」の引用元となった作品をすべて原著で(英語で)読んでいて、内容を理解し、ある程度を記憶していて、さらにはその本そのものも所有している人は、日本にはあまり多くはないはずだ(最大に見積もってみても、いま生きている人のなかには、20万人もいないのではないか)。ということはつまり、「この一冊」が手元にあって、いつでも好きなときにページを繰ることができる、ということが、いかなる特権的な知識と教養の源となり得るのか......それは僕がここであらためて記すまでもないだろう。
日常的には、こんな使いかただってある。カフェやレストランを経営している人だったら、毎日、黒板にメニューを記しているかもしれない。そこにひとこと、付け加えたくなるかもしれない。たとえば、こんなのはどうだろうか。
They who dream by day are cognizant of many things which escape those who dream only by night. ―― Edgar Allan Poe, "Eleonora"
(昼間、夢を見る者は、夜にしか見ない者より多くのことを知っている。/エドガー・アラン・ポー『エレオノーラ』より)
なんてランチ・メニューの余白に記されていたならば、思わず昼間からワインをたしなまずにはいられなくなる――かもしれない。このクオートは、第6章「なくてはならないもの」の「夢」の項に掲載されている。このほか、第1章の「力づけてくれるもの」から、「悲しみに導くもの」、「微笑みを与えるもの」、「不安を煽るもの」、「手に入れたいもの」まで、合計6章のテーマに沿って、数々の名クオートが並べられている。
そして、このセレクションが、とてもいい。著者はブッカー賞候補にもなった作家なので、それぞれの章立てや、そうした理由、セレクトされたクオートを順に読んでいくだけで、ひとつの文学論、古典文学案内を通読しているかのような、そんな感覚にすらなるかもしれない。もちろん、そこで語られている「夢」そのほかが、「日本語で書かれている文学」とは、なんともまあ、想像を絶するほど、「あまりにもかけ離れている」ことをも、実感せざるを得ないはずだ。そしてその「遠くにしかないもの」を、どうやらこの国では、「世界文学」と、憧憬を込めて呼称しているということも、認識せずにはおれないだろう。さらに、なんとも悲惨きわまりないことに、そのときに使われた「世界」の語のなかには、その概念のなかには、なぜかこの「日本語の国」は含まれていないのだ――ということも。
いまさら僕が言うまでもなく、本来は、「世界」という語のなかには、日本だって(日本語の文化だって)含まれている。いなければ、おかしい。「日本」と「世界」をつねに対置して考えたがる、日本人側の考えかた「だけ」がおかしいのだ。そこを突破するためには、英語力はもちろん役に立つ。そして「英語ができるだけの日本人」のさらに向こうへと飛翔していきたいならば、かならずや、本書は無類に頼りになる一冊となってくれるだろう。まともな文学とは、本来、そのようにして個別の人生の内部へと作用していくものだからだ。
text by DAISUKE KAWASAKI (Beikoku-Ongaku)
「世界文学の名言」
クリストファー・ベルトン著 渡辺順子・訳
(IBCパブリッシング)
1,400円[税抜]