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アート・スピリット

アート・スピリット

伝説の「芸術指南書」が初邦訳で登場

11 10/11 UPDATE

まさに「伝説」と呼ばれるにふさわしい一冊が、刊行より80年(!)を経過して、ついに初邦訳されたのが本書である。さらに言うと、本書は現在でもなお、英語圏ではペーパーバックで読み継がれている。不朽の名著、と言っても過言ではないだろう。映画監督のデイヴィッド・リンチが、本書を生涯の一冊として大事にしていることは有名だ。そのほか、キース・ヘリング、作家のピート・ハミルなどなど、枚挙にいとまはない。

本書は、画家にして美術教育者であるロバート・ヘンライが、自らの講義内容をまとめたものがベースとなっている。ヘンライが教壇に立っていたのは、今日のパーソンズ美術大学の前身にあたる学校で、彼のもとからは、エドワード・ホッパーも巣立っていった。20世紀初頭のアメリカにおけるリアリスト・アートの技術書として、本書はまず世に登場した。

そこから本書は、技術書を超えた「芸術指南書」として、広く読まれるようになっていった。「いかなる精神のもと、人は芸術に向かうべきなのか」といった、一種のアジテーション書として、若いアーティストやその志望者のあいだでバイブル視されるものとなっていった。ゆえに、金言は多数ある。

「拒絶を恐れるな。すぐれたものをもつ人間はみな拒絶を通過してきた」
「われわれがここにいるのは、誰かがすでになしとげたことをなぞるためではない」
「傑作を生みだせ──きみ自身と同じくらいの傑作だ」
「独創性について心配することはない。本人がいくら望んでも、独創性を振り払うことはできない」

芸術を成す、あるいは、芸術的な人生を送るには、なによりもまず、「勇気」こそが必要なのだ、ということを本書は教えてくれる。そして、こういった種類の「勇気」について言及される機会は、とくにここ日本では、ことのほかすくない。

であるから本書は、たとえば相田みつをの「金言」に慰撫されて「勇気づけられて」いる人にとっては、まったくなんの役にも立たないだろう。それどころか逆に、そんな類の「金言」を目や耳にするたびに暴れたくなる、出来が悪い80年代の中学生のような性質がありつつ、しかし同時に「人生とはすべからく芸術的であるべきだ」などと考えている人にとっては、無二の一冊となるのではないか──と、そのような傾向がすくなからずある僕は思う。

巻末における、滝本誠さんにの詳細解説がとてもわかりやすく、素晴らしい。本書はそこから読んだほうが、入りやすいかもしれない。

text:Daisuke Kawasaki(Beikoku-Ongaku)

「アート・スピリット」
ロバート・ヘンライ著 野中邦子・訳
(国書刊行会)
2,625円[税込]