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アホの壁

アホの壁

アホな言動・行動・喧嘩・計画・戦争まで、
そのメカニズムを解明してゆく書

10 3/11 UPDATE

発売即四刷とヒット中の本書。タイトルは一大ベストセラーとなった『バカの壁』(養老孟司・著)のパロディのようであるが内容はそうではない。
 
例えば『バカの壁』はこうだった。「人と人のコミュニケーションを阻害するのが <バカの壁> 」。しかしこっちはそんな甘いものじゃない! おもな主張はこうだ。どんなに知性的で社会的に立派な人だって、いとも簡単に「アホ」になる瞬間がある、あなただって「アホ」なのだ、人間はすべからく「アホ」なのだ──<アホの壁> を乗り越えてしまったら、誰だって「アホ」になるのだ!......ということを、数々の例証(実例を多く含む)を挙げて、アホな言動・行動・喧嘩・計画・戦争まで、そのメカニズムを解きほぐしてゆくのが本書。フロイトが多く引かれているところは──少々古くさくはあるのだが──これもオールド筒井ファンなら嬉しくなるのではないか。こうした人間心理への興味と観察眼があればこそ、著者はあれほどスラプスティックで破壊的なギャグの数々を世に放つことができたのだろうなあ、としみじみ感じ入るところ多数。もちろん本書も笑えます。個人的に最も好きなフレーズは「ナショナリズムはアホの壁」。
 
さらに個人的な見解を少々。僕はとても不思議なのだが、どうして日本のビジネス書やら啓発書やらは、あれほど妙なのか。どう考えても整形しすぎたおばさん評論家が唱える「勝ち組理論」やらなにやら、あまりにもファナティックすぎて、ギャグだとしか思えない。あるいは(現在流行中の)幕末の志士やら維新の元勲やら、戦国武将やら、そういった偉人伝から「リーダーの資質」を学べとか、司馬遼太郎が国民小説だとか......それって、どう考えても幼稚すぎませんか? 想像してみてください。例えば米国のとあるエグゼクティヴの愛読書が「デイビー・クロケット伝」だったとか──あるわけがない。あったらこわい。そんな人が本当にいたら、それは「アホ」や!......ということも、本書は裏テーマとして、しっかり伝えてくれているような気がする。ナントカの「品格」とか、なぜか探したくなる「本当の自分」とか、そういったお手軽な生き方指南について、基本的にぜんぶ「アホでんがな!」と関西弁で喝破しているかのような、書店の新書コーナーに仕掛けられた対人地雷のような一冊が本書なのではないか。
 
なおかつ、最後に著者はこう書いている。「人類はやがて滅亡するだろうが、そしてそれは最終戦争以外の理由であるからかもしれないが、その時はじめてわれわれはアホの存在理由に気づくだろう。アホがいてこそ人類の歴史は素晴らしかった、そして面白かったと」。
 
これほど気高く、愛にあふれたフレーズを、これまで僕は新書のページで目にしたことはない。

Text:Daisuke Kawasaki(beikoku-ongaku)

『アホの壁』

筒井康隆・著
(新潮新書)
714円[税込]

http://www.shinchosha.co.jp/