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帆船の模様の壁紙が貼られた、しばらく空き家だったとおぼしき日本家屋の室内。舗装されていない道を行く一台のトラック。目についたものをぱっと撮った、何でもない写真に見える。でも日本風の家は台湾に建てられたもの。日本が台湾を統治していた時代の、蒋介石政権の参謀総長の家だ。トラックが走っていくのはサハリン島、北緯50度の地点。かつて日本とソ連の国境があった場所だ。戦前、日本の人気女優、岡田嘉子と演出家、杉本良吉はこの国境を越えてソ連に亡命した。二人はスパイ容疑で逮捕され、杉本は銃殺、岡田も収容所に送られている。そのほかの写真にもそんな歴史的事件が秘められている。そう知ったとたん、何気ない写真に見えたものが違うオーラをまとっているかに感じられる。
撮影にあたって作者の米田知子は資料を丹念にあたり、現場にでかける。すると「言葉にはできないが、総合的に身体で受け取るもの」があるのだという。また彼女は、写真から自身の主観をできるだけ排除するようにしている。あるひとつの場面に「異なる解釈、見え方、接し方がある」と考えているからだ。そもそも写真というメディアを選んだのも、絵画のように主観の入る余地が少ないからだ、と米田はいう。
だから作品のタイトルも重要だ。それによって、何が起こった場所なのかがわかる。タイトルによって作品を補完しながらも、写真やタイトルから何を読み取るかは鑑賞者にゆだねられている。でも、そもそも歴史というものが多様な読み方をされるものだ。ある事件が持つ意味、社会に利益をもたらしたのか害となったのか、立場によって解釈が異なることはいくらでもある。興味深いのは激しい戦闘の場面や悲惨な情景だけが歴史を語る決定的瞬間であるわけではないこと。米田の写真のように、ごく日常的な光景が静かに何かを語りかけてくることもある。
この個展ではそれら歴史や記憶をテーマにした写真のほか、最近制作された映像作品3点が初公開される。世界がますます複雑になっていくかに見える今、見逃せない展覧会だ。
text: Naoko Aono
『米田知子 暗(やみ)なきところで逢えれば』
2013年7月20日〜9月23日
東京都写真美術館
東京都目黒区三田1−13−3 恵比寿ガーデンプレイス内
tel. 03-3280-0099
10:00~18:00(会期中の木・金は~21:00、9/28以降の木・金は~20:00)
月曜休(祝日の場合は開館、翌日休)
一般700円
http://www.syabi.com/
参考:米田知子インタビュー
Art it
「Scene」より
道 ‐ サイパン島在留邦人玉砕があった崖に続く道 2003年
「サハリン島」より
北緯50度、旧国境 2012年
「Japanese House」より
蒋介石政権時代の参謀総長であった王叔銘将軍の家(齊東街•台北)I 2010年
「積雲」より
平和記念日・広島 2011年