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美術館に入ると、そこには場末の映画館が。シンガポールのアーティスト、ミン・ウォンの個展会場だ。モチーフになっているのは1950〜60年代、黄金時代のシンガポール映画。それをミン・ウォンはコピー、あるいはミスキャストといった手法で再構成する。
館内には3つのミニシアターが造られた。シアターのうち一つでは「Four Malay Stories」が展示されている。4つのスクリーンに、ミン・ウォン自身が演じる泥沼の不倫関係、殺人、アルコール中毒による悲劇などのドラマが繰り広げられる映像インスタレーションだ。ミン・ウォンはけばけばしいとも思えるメーキャップで年代や性別、職業、性格もさまざまな16人のキャラクターを演じ分ける。もとになっているのは1950〜60年代に絶大な人気を誇ったマレー人、P. ラムリーの映画だ。ミン・ウォンはこの作品で、マレー語を話している。マレー語は英語、タミル語、標準中国語と並ぶシンガポールの公用語の一つだが、1965年のシンガポール独立以降、マレー文化は衰退する傾向にあり、ミン・ウォン自身もマレー語は話せなかった。この作品のためにマレー語を練習することで自分が歴史に近づけたような気がする、と彼は言う。
別のシアターではハリウッド映画「Imitation of Life」(ダグラス・サーク監督、邦題「悲しみは空の彼方に」1959年)をもとにした「ライフ・オブ・イミテーション」が上映されている。「Imitation of Life」には女優になるために白人を装う混血の娘が登場する。50年代のアメリカで黒人が俳優になることはほぼ不可能だったからだ。人種問題を正面から扱った、ハリウッドではおそらく初めての映画になる。ミン・ウォンが自身の作品「Life of Imitation」に引用したのは黒人の母と混血の娘のところに女友達が訪ねてくる、というシーン。娘はとっさに、母とは他人のふりをする。このシーンに登場する母、娘、女友達をミン・ウォンの作品ではそれぞれシンガポールの主要民族であるマレー系、中華系、インド系の俳優、しかも男性が演じ、次々と役も入れ替わる。二重、三重のミスキャストが多民族・多文化国家、シンガポールの姿をあぶり出す。
ギャラリーにはシンガポール最後の映画看板絵師ネオ・チョン・テクとミン・ウォンとのコラボレーションによる看板絵や、映画グッズ・コレクター、ウォン・ハン・ミンが所有する貴重な映画ポスター、ミン・ウォンが撮影した、かつてはにぎわったが今は休館してしまった映画館建築の写真などが並ぶ。1970年代以降、衰退してしまったシンガポール映画の過去の栄光をしのばせる。
スクリーンに架空の世界を浮かび上がらせる映画というメディアに、さらに架空の設定を上書きするミン・ウォン。男優の中途半端な女装、たどたどしい台詞回しといったチープさの影に、どこまでも深読みできる重層的なテキストが織り込まれたアートだ。
text:Naoko Aono
『ミン ウォン:ライフ オブ イミテーション』
開催中〜8月28日
原美術館
(東京都品川区北品川4−7−25)
tel. 03-3445-0651
11時〜17時(水〜20時)
月休
入館料 1,000円
http://www.haramuseum.or.jp/
ネオ チョン テク(デザイン:ミン ウォン)「Life of Imitation」カンバスにアクリル 2009年
ミン ウォン「Four Malay Stories」ビデオ オーディオ インスタレーション 2005年